春

がどんと近づいた火曜日の話しです。
帰宅日の今日、庭に出てフキノトウを摘んだ。
今日は、天ぷらだ。
取立てほやほやの春の味覚。

夫は、山盛り食べてくれた。
お庭のフキノトウだと言うことが分からなくても、沢山食べてくれたので、嬉しい。
食べ終わると、いつもお昼寝タイムとなる。

リクライニングを倒して、足を椅子に乗せる。
柔らかい春の陽がお布団代わりだ。
でも、今日の夫は、あまり眠りたくないのか、目をぱっちりと開けていた。

こんなにはっきりとした穏やかな表情を見せてくれる事は珍しい。
その顔につられて、私は、何気なく、いろんな事を話し出した。
今の夫は、もう私が話す事は、理解していないと思う。
たまに、タイミングよく頷く事などがあっても、それはたまたまだろうと思う。
私の話を理解して、意思表示の為に頷く、と言う高度な事はもう出来ないと思う。
赤ちゃんに話しかけても、理解してくれないのと同じだ。
だから、最近は、あまり長い文章で話しかけることはしなくなっていた。
「どうせわからない」と言うことではないけれど、無理に一生懸命話しかける必要もない、と言う気がしていた。
だけど、後から思うと、今日の夫のとても素晴らしい表情が、私に文章を語らせたと思える。
良い天気だね。ホントは、今日はデッキに出ようと思ってたんだけど、風がスゴイの。だから、ここから外を見ようね。
見える?お父さんの会社だよ。もうね、A(長男)とT(次男)がちゃんとやってくれてるから、心配しなくていいよ。
初めのころ、大変だったね。借金だらけで大赤字で、皆から潰れるって思われてて・・。でも、お父さんと一緒に仕事が出来て楽しかったわ。
今はもう大丈夫。子供たちが頑張ってやってるからね。お父さんもお母さんも、ほんとに頑張ったよね。でも、なんたって一番偉いのはお父さんだよね。
お父さんが、サラリーマンやめてここに来たから今があるんだもんね。お父さんがそうしなかったら、17年前に会社はなくなってたんだよ。
お父さんは、偉い。本当に偉い!!そう言えば、
以前は良くこの話をしていた。
まだ理解できる頃、何度も何度も話してあげて、嬉しそうだったり涙ぐんだりと言う反応が見られ、私も嬉しかった事を思い出した。
でも、あの頃からもう2年の時が流れている。
2年前の夫と今の夫は、別人だ。
苦しみの渦中にあった事を思うと、今の姿に救いを感じる。
だけど、その分確実に病気は進んだ。
失われた物は大きい。
言葉を無くし、意志の疎通も出来なくなった。
そんな夫だから、私は色々話しながらも、夫からの反応など、もちろん期待している訳ではない。
「もしかしたら、分かってくれているかな。」と言う段階も過ぎ去り、今はもう、そんな微かな期待すら、全く持つ事無く、だた独り言としてしゃべっていたのだ。
ところが、話の途中で、あれ?と感じることがあった。
夫の目が潤んでいる?
まさか・・と否定した。
な訳、ないでしょ。
今の夫が、私がひたすらベラベラとしゃべっているこの長文を理解するなど不可能だ。
老眼鏡をかけない私の目の錯覚だ、と思った。
でも・・・・・
話し続ける内に、それが錯覚では無いことが分かった。
じっと私の話しに耳を傾ける夫の顔が、泣き顔に変化して行くではないか。
信じられなかった。
そんな事があるのかと思った。
私は、もう一度、はっきりと言ってみた。
お父さん・・・ほんとに、頑張ったよね。小さく頷く夫の顔は、下あごが小刻みに震え、うれし涙、感激の涙色に染まった。
信じられない。
目の前で起きていることが、信じられない。
夫が私の言葉を理解して、涙と言う表し方で、意思表示をしている。
夫と意志の疎通が出来ている!
その感動と、自分がしゃべっていた夫とのこれまでの道のりが、大きな大きな波になって私の心に押し寄せてきた。
泣ける。
穏やかな早春の陽だまりの中で、夫は泣き、私も泣いた。
二人で泣いた。
後に、息子にこの話をすると、「にわかには信じられない。」と言った。
そうだろう。
奇跡と言うのは、その場に居合わせた者だけが受け取れる神様の贈り物なのだ。
お迎えの車が来る直前、夫は、もう一つ、小さな奇跡を見せてくれた。
車が来たよ。お父さんのお家に帰る?と、聞いた私に、夫は、首を横に振った。
うん、うん、と縦に振る事は良くあるが、横に振ったのは、いつ以来か思い出せない。
夫は、
もうちょっとここにいたいって、言いたかったのかな。
コメント
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辛くて泣く事は多いですが、うれし涙は心地いいです。
夫婦はうつし鏡だとある友人が言いました。治らない病気、介護してあげてる、そんな気持ちはきっと彼の心に映っている。それより、治るつもりの彼の気持ちに素直に寄り添ってみよう。幸せはたくさん転がっているはずだ・・・
こんな、前向きな気持ちになれました。momoさん、幸せをありがとう!
忘れても人間 死ぬまで人間
母も、看取りのときまで人間として存在してくれましたし、コミュニケーションもとれました。
一度は反応しなかった声掛けも、1年後に言ってみたらうなずいてくれました。
こういうその人の核心にせまる(琴線にふれる)声掛けは家族にしかできないことです。
こういうレベルの頃、蜘蛛の糸で繋がっていると当時は思っていましたが、亡くなったあと、太い絆で繋がっていたと実感しました。
momoさんでさえ「わからないはず」と思い込んでいるのだから、認知症の世界は奥が深いということですね。
はなさん
あ、犬も同じです。メグちゃんが保護された直後の顔と、皆に可愛がれて、沢山の使命を得ている今の顔と、全然違うんですよ。植物も、優しく話しかけると美しく咲いて、罵声を浴びせると枯れると言う実験をTVでやってました。
だから、病気になっても寄り添ってくれる人がいるのは、幸せです。とは言え、いつも天使でいるのも・・・難しくて・・・先の見えない長い介護、のんびり、ゆっくり、無理せずに・・・片隅にひっそりと転がっている小さな幸せを探しながら、お二人仲良く・・・・ね。
mikiさん
認知症に関する世間の見方は、一昔前と比べると格段に改善されて来ていると思いますが、
「忘れても人間 死ぬまで人間」
この当たり前の事を、介護者側が一生懸命発信しなくても良い様な社会になることが理想ですね。
奥の深い認知症の世界、その深淵をどこまで垣間見ることが出来るのか、漸く少し、楽しみに思えるようになりました。
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