デイのお迎え10分前です。そろそろ言っておかなくては・・・・
「もうすぐNホームさんのお迎えが来るからね。」
とたんにヒロくんの顔が曇りました。
昨夜、飲ませた眠剤が合っていたのか、夕べは奇跡的に良い眠りが訪れて、今朝も朝から調子は「普通」でした。
「普通」と言う事は、今では私にとって、きらめく宝石にも匹敵します。
もう、笑顔なんて期待しません。
苦悩と絶望と困惑を顔中に塗りたくったような、あの表情がなければ、本日上出来なのです。
ある意味、あきらめ、いえ受け入れる事が上手になってきたのかもしれません。
そんなヒロくんの顔が、「お迎え」の一言で、曇りガラスの向こう側に消えてしまいました。
いつの頃からか、行きたくない症候群は、だんだんと重症化してきていましたが、今朝はとくに抵抗が激しく、ヒロくんはさっさと寝室に行ってベッドに横たわってしまったのです。

幼稚園に行きたくない幼児の抵抗のごとく、です。
さあ、困った。
どうしようかと思案に暮れているうち、お迎えの車がやってきました。
どうか、ヒロくんが大好きな職員さんが乗っていますように、と祈りましたが、運転席から降りてきたのは、人気ランキングでは上位に入らないオバちゃん、Tさんでした。
とっても良い方なんだけど・・・・困った、困った。
ベッドで抵抗しているヒロくんに、「お迎えが来たよ。」と言って見ましたが、もちろん起き上がってはくれません。
私は、外へ出て、Tさんに顛末を話しました。
Tさんには、こう言う時にはこうしましょう、と言うマニュアルはないらしく、しばらくの間、二人で、どうしましょう、どうしましょう・・・・と、不安な時間だけが流れていました。
私「声、掛けてみていただけますか?」
Tさん「私じゃ、無理だと思うんですけど・・・・」
と、Tさんは、ヒロくんの独断と偏見によるランキングを知っているかのように答えられました。
でも、思いつく方法はそれしかなく、Tさんにヒロくんが抵抗しているベッドの脇まで行って頂き、とにかくお誘いを掛けていただく事にしました。
「ヒロさん、おはようございます。NホームのTです。一緒に行きませんか?今日は、お昼に、外でバーべキュウする事になっているんですよ・・・・・・・・・・・」
明るく優しい声です。
お、Tさん以外と(失礼)お上手。

私は、顔を見せない方が良いかと思い、玄関で待っていると、Tさんに連れられたヒロくんが、表情は硬いままでしたが、直ぐに出てきました。ほっ。
私は、ほっとした感じを出来るだけ表に出さないようにして、淡々とヒロくんを送り出す事に成功しました。ほっ。
それにしても・・・・・困ったな。
週5回、泊りが2回は、負担が多すぎたのかしら・・・・?
ヒロくんの精神状態と、私の精神状態と、仕事に支障が出ない事、この3点をバランス良く取らないと、この冬が乗り越えられない・・・・困った、困った。

困った、困った、と日中あれこれ考えながら過ごしているうちに、あっという間に夕方ヒロくんが帰ってくる時間が来ました。
送ってこられたのは、朝と同じTさんです。
「今日は、とても笑顔で過ごされました。バーべキュウ、お好きなんですね。楽しそうに過ごされていましたよ。」
あらまあ・・・・・
ヒロくんの表情も輝く「普通」でした。

もうしばらくは・・・・・・何とかなりそうかな。
「行きたくない」気持ちが生じる。
家にいるほうが安心。
守られていたい、ということしょうか。
不安な気持ちのあと「案ずるより易し」だったり、
ほっとしたあと、どかんときたり・・・
お互いに思う気持ちが強いので、
綱引き状態になってしまうのでしょうか。
認知症介護が一筋縄でないのは、
本人も、家族も、介護職も、周囲の人も、
みんな、みんな「人間」だからだと思います。
だから、大変ではあるけれど、
うまくいったときは、「すごい!」ですよね。
人間だから・・・
介護は、「山あり、谷あり」の日々ですね。
いつの日か、必ず、ご褒美はありますよ。
家族の頑張りは、本人にも伝わっているから。