5月12日未明、久しぶりにヒロくんは変身しました。
業界用語では、これを「夜間せん妄」と言います。
未明の四時頃から、約30分ほどの事です。
ひどいよ どうして しんでもいい かわいそうにこんな言葉と共に、大好きなはずのmomoさんに殴りかかってきました。
しばらくなかったのに・・・・また・・・・・復活?
その2日後また。
やはり明け方30分ほど
ひどい なにやってんの などと言いながら、大好きなmomoさんの頭をペチペチと叩く事、3回。
こんな時、私の対応は、その時の心のありかによって違ってきます。
絶望、諦め、悲しみで、心が満タンになっている時は、言葉をかける気力もなく、ただ黙って敵の攻撃を正面から受ける事しか出来ません。
手ごたえのない相手に、敵はますます混乱し、他へ助けを求めます。でも、彼を助けてくれる人は、他には誰もいません。
一番良くないのは、「怒り」に囚われてしまう時です。
なによぉ。何で?何で私が叩かれないといけないの?何か悪いことした?こんなに一生懸命やってるのに、頭叩かれて、本当にかわいそうだと思わない?こんな言葉をまくし立てると、敵は大抵、
ひどい・・・と言います。
すると、
ひどいのはどっちよ。だいたいねぇ・・・etc・・・・敵の何万倍も語彙を持っている私は、言葉の連射で攻撃します。
敵は、投げつけられる言葉の意味は、理解できないはずですが、なにやらとんでもなく棘がある音が飛んできている事だけは分ります。
なにいってんの!言葉を持たない敵は、掴みかかってきます。
あ、首絞める気?いいよ、殺すなら殺してよ。お父さんに殺されたら本望だわよ。事態が益々悪くなる事が分っていならが、一旦発射装置が解除されてしまった、私の言葉攻撃はもう止める事ができません。
敵は、目に見えない言葉の弾丸に撃たれ、足元ふらつき、ベッドへ倒れこみ、そのまま床へ撃沈します。

もし、二階に息子の気配がなかったら・・・・・
もし、二人共が、女の子だったら・・・・・
もし、男の子でも、まだ小学生だったら・・・・・・
もし、敵が巨漢で、体力腕力がもっともっとあったなら・・・・・
もし、家庭内の大声が、隣に聞こえてしまうほどの住宅事情だったら・・・・・
私は、間違いなく電話を取って119とダイヤルするでしょう。
幸いな事に、我が家は敵よりもずっと体力のある息子が、私の用心棒として2階で二人も待機してくれている。
幸いな事に、我が家はどんなに大きな声をだしてもお隣さんには聞こえない、野中の一軒家。
幸いな事に、敵は、もともと穏やかな性格で、叩いても怒っても、そんなに怖くない。
こんな幸いが重なっていて、今の所、私の夫はまだ家で一緒に暮していけるのです。
そして、敵も最近は気力が持続しないのか、昨年みたいに2時間も3時間も、時には7時間半もの
夜間行軍をする事はなく、長くても30分ほどで休戦となります。
そして、「すみませんでした」と詫びを入れて来るので、無事に一件落着となるのです。
ただ、ここまで事態を悪くしてしまうと、私の心も、ずたずたに傷ついてしまい、勝者なき不毛の戦いの空しさだけが残るのです。
22日の未明、3時40分に敵は再び奇襲攻撃を仕掛けてきました。
ひどい ひどい なにやってんの なんで はやくいけ いいから混乱酷く、怒る、殴りかかる・・・・・・
おーい、おーい!叫びながら部屋から出て行こうとしています。
不安の極致、恐怖の極致にあって、ここはいったいどこ?お前はだれ?と言う、迷い子の様なヒロくんを見ても、その日の私は、不思議と、怒りも、絶望も、諦めも、悲しみも感じませんでした。
大丈夫、大丈夫、心配ないよどうしてわかる?お母さんがちゃんとしてあげるから、大丈夫そう、それならいいけど夜間せん妄中のヒロくんと、ちゃんと話が通じる事にちょっと感激しました。
これはだれ?お母さんだよ私が誰だか分らなくなってしまった夫と、深夜にこんな会話をしている自分が不思議でした。
恐れる事はない、絶望する事はない、ちゃんと話せば、通じる。
おかしいな?今夜はどうしてこんなに良い位置に心があるんだろうか?
恐怖も怒りも湧いてこないで、悲しみも感じないで、絶望に塗りたくられた諦めの心境でもなく、ただただ、不安の中に居るヒロくんを、落ち着かせてあげようと冷静に話をしている自分がいたのです。
「夜間せん妄」って・・・・・違う。
目が覚めたら、知らないところにいて、知らない人がいて、誰かに助けてもらおうと思っても、誰も助けてくれなくて、だから怖くて不安で泣きそうで、そこに居る人が「自分の味方」でなければ、自分の身を守るためにその人を倒さなくてはならない。
深夜にヒロくんがはまってしまう落とし穴は、そんな所なのかもしれない。
だから、ヒロくんの行動は、ちっともおかしくない。
ヒロくんにとっては、自分を守る為の当然の行為なのです。
それを、数で勝っている「普通の人」の基準で仕分けすると、「夜間せん妄」となってしまう。
ほんの20分で、ヒロくんは落ち着きを取り戻し、「すみませんでした」と頭を下げて、もう一度眠りに着きました。
朝、寝坊した私が目を覚ますと、とても穏やかな顔をした「ヒロくん」がそこにいました。
そして、彼はもう一度「すみませんでした」と言いました。
まさか、昨夜の事を覚えているのだろうか?
そのまま穏やかな時間は続き、朝ごはんを食べながらTVを見ていたヒロくんは、「あ、おとうさん」と言って、笑いました。
久しぶりの笑顔でした。
とってもいい笑顔です。
TVには、落語の円楽さんの昔の写真、学生服を着ている写真が映し出されていました。
似ている!ヒロくんの学生時代の顔に、似ている!
本当に、「あ、おとうさん」なのでした。
あの時の修羅場を潜り抜けて、本当にたくましくなったmomoさんがいますね。
介護の先輩に言われます。
そんなの大したことじゃないから。もっとすごい人いるのよ。そのうち慣れるわよって。
どーんと構えていらして、尊敬です。
恥ずかしながら、落ちこぼれの私は、慣れる前に心身共にギブアップでした。
急性期には、お友達やおまわりさんに救いを求めて助けてもらったこともあります。
今でも、先輩方のようには頑張れてないけど、私の介護は、私ができる介護でいい…
なんて…普通に思えるようになりました。
私も生きて行かなければいけないですから…。
この病の介護の困難さは、お薬が効いて少し落ち着いてくれたと思っても、
また何ヶ月かで調整が必要になってしまうことですね。
夫は、大学病院で何人か主治医が変わっていますが、
アリセプトは、飲んでいたほうがよいと、どの医師もおっしゃいましたので、
今も飲んでいます。
4年半前5mgから10mgに増えましたが、あまりよくなくて2年前に5mgに戻りました。
これも、個人差があるから何とも言えません。
急性期がとにかく大変で、皆様ご苦労なさいますね。
でも過ぎたらグンとまた進んでしまいます。
悲しい病です。
それでも、今、夫は一生懸命生きています。
頑張って、歌って、体操して、歩こう!
明日は、もっとたくさん、やりましょう!の声かけに
大きくうなずいてくれました。
小さな目標ですが、やる気満々です。
結末など、考えられません。