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いつでも里親募集中

先日、友達と、温泉に出掛けた時の余談を少々。


一年ぶりに出会う、アラ還4人のおばさんたちのパワーはすさまじい。


しゃべる笑うしゃべる笑う


この繰り返しだ。


何なら、電車に乗って温泉まで出掛けなくても良いんじゃないのと思うほど、目的はおしゃべりだった。


若かりし頃の記憶を辿ったり、今の我が家の話をしたり、とにかく話題は尽きない。


40年以上、交友が続くと言うことは、お互いの存在が心地良いと言う事である。


何を隠す必要もない、何をしゃべっても否定されない、


そんな彼女たちであるが、私が、夫の病気の事を話したのは、実は、ほんの一年前である。


それまでも、数年に一度は会う機会があり、夫の状態があまり良くない時も、顔を合わせていた。


だけど・・・・私は、夫の事を話さなかった。


強いて、聞かれなかった、と言う屁理屈も付けられるが、本当の所は、言いたくなかった、と言うことだ。


言いたくない理由は、色々あるが、結局のところ、「これが私の性格である」に尽きると思う。


初期、まだ普通に生活出来ていた頃は、わざわざそんな悲しい出来事を話して、友達を混乱させる必要は感じなかったし、そこで発散させてもらいたいほどのストレスは、私には溜まっていなかったと言える。


病状が酷くなるにつれて、言ったところで、これだけは、絶対に理解してもらえないと思っていた。


誰かに打ち明けて、溜まったものを発散したかったとしても、その相手は、彼女たちではないと思えた。


何より、私にはこのブログがあったし。


変に、「何にも出来ないけど、話だけは聞けるから、何でも言ってね。」などと言うありきたりの言葉が返って来たとしたら、私の気持ちは、もっともっと落ち込んでいたと思う。


昨年出会った時、何故、突然、話す気になったのかは良く分からない。


孫が生まれた話になって、1人の友達が「おじいちゃんになったご主人はどんな感じなの?」と聞いたので、


「実はね・・10年前から、認知症に罹っていて、今、施設に入ってるのよ。」


と、すんなり返事した自分に、むしろ驚いた。


しかし、それを聞いた友達は、固まった。


外を歩きながらの話だったのだが、私以外の3人は、行く先を失って歩き回る羽目になった。


ほんの少しだけ夫の現状を話すと、彼女たちは泣きそうになった。


ほ~ら・・・だから話したくなかったんだよ。


やはり、この現実を生きていない普通の暮らしの人たちにとって、この話はショックが大きいと見える。








あれから一年、


この一年間で、彼女たちが、友達の家庭を襲った大きな悲しみの現実を、どのように咀嚼してくれたのかは知らないけれど、


今回の温泉宿では、夫の話も、ごく普通の旦那様の話として話題に出来た。


お宅の旦那様はこうなのね、うちはこうなのよ、と言う感じで。







家族が若くしてこの病気になった時、いつ、どのタイミングで誰に話すか、特に初期の頃に悩みとなる場合があると思う。


何もかもを誰にでも打ち明ける方が、前向きで良い印象を持たれるだろうか。


話さないと、「恥ずかしいことじゃないんだから、隠さなくてもいいのよ」などと言われてしまう。




だけど・・・・・


何事も、人それぞれの想いがあり、人それぞれのタイミングがあると思うのだ。


無理して、カミングアウトなどしなくても良いと思う。


私は、きっと、夫の病気が認知症であっても癌であっても、他のものであっても、時期が来るまでは、自分一人の心の中にしまっておいたと思う。


時期が来なければ、一人で墓場まで持って行くだろう。


それが、私の性格・・・・・・・


頑固なもんです。









10年目に自然にやって来た、カミングアウトのタイミング。


遅い!と思われても・・・・


私の場合は、つくづく、これで良かったと思うのです。








かみんぐめぐ
メグちゃんも、カミングアウトかい?

コメント

それぞれに違うのでしょう

momoさんが「頑固というか強いというか」の性格であることは私も認めます(笑)。

2009年のコメントを書き込んでいたころは、momo家の事情がまったくわからなかったのですが、この5年間で、ご主人様・momoさん・長男・次男さんが中心になって家業を再興されたことがわかりました。

若年性認知症の方が「社会で働きたい」意欲をお持ちであることはわかっていますが、momo家の場合はその点では恵まれていたといえるでしょう。みなさんにフォローされてそのときそのときできる仕事をなさってきたのでしょう。

診断直後に大きな絶望感をいだかれる例もありますが、momo家の場合は初期がいわば理想的に過ごせたので、中盤絶望感が深くなったのかなあと推測したりしています。ただ、私な認知症の専門家でもなんでもないので、勝手な推測です。

家庭の事情・条件はさまざまですし、病気のとらえ方・対応の仕方もさまざまです。願わくば、それぞれの認知症の人本人も認知症の人とかかわる家族の方も、できるだけ平穏ですごせますように!それが私の願いです。

60年も生きていると、もう、生まれ持った性格、これまでに培って来た性格は変わらないと思います。それに、変える必要はないし・・って、これが頑固なんだと思うんですけどね。

でも、年月と共に、頑固の角が取れ、ゆとりある頑固(?)にはなっている思います。全て、主人のお陰です。

仰るとおり、我が家はあらゆる面で恵まれた環境でした。初期は病気である事をほぼ意識しないで暮らすことが出来ていました。

中盤の絶望は、自分の想像を超えた現象に何もかもが着いていけなかったと言う事だと思います。まさか・・・・まじか・・・・ありえない・・・・。

それもこれも、生きて過ぎ去り、今がある。

と言っても、決して絶望を乗り越えて、平穏な日々を勝ち得たなどと言うドラマ仕立ての人生ではありません。

今でも、毎日、自分との戦いであり、夫は、相変わらず残念な人生を強いられていることには変わりありません。私と夫の人生は、生きている限りそこからは抜けられないのです。


でも、今はもう、何も考えません。

幸も不幸もない、ただ、一切は過ぎてゆくのです。


あ、ちょっと太宰治、読みすぎました。

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