相変わらず平穏な日々が続いている。
昨日は、夫と一番仲が良かったお姉さんが会いにきてくれた。
「○○くん、△△子よ、分かる?」
と、顔を覗きこむお姉さんに、夫の表情は微妙だった。
目が開いて、お姉さんと視線は合うが、分かったのか分からないのかは・・・・・
残念ながら、分からない。
笑ってくれたり、あ、分かったんだ、と私が感じられる様な表情は見られなかった。
でも、しっかりと目が開いて、普通の顔をしていたので、上出来だ。
滅多に会わない高齢のお姉さんに、あのしかめっ面

は、出来ることなら見せたくない。
お姉さんが、帰った後、「△△子さんが来てくれて良かったね。」と言うと、夫は小さく頷いた。
徐々に、徐々に、反応が鈍くなっているのは、仕方の無いことだろう。
今年で、診断確定以来、もう13年目に入るのだから。
確かに、夫はほぼ全ての言葉をなくし、意思表示の方法をなくした。
ただ、だからと言って、夫の頭の中、心の中に思うことが何もなくなってしまったのか、と言うと、それは分からない。
もしかしたら、夫は心の中で、「あ、お姉さんが来てくれた。嬉しい。」と言う感情を持ったけれど、それを表現する術がないだけかもしれない。
今日の夫は、初めはしかめっ面

だったけれど、夕食を食べ始める頃には、目が開いて穏やかな顔

になった。
いつもの様に、大好きな牡蠣鍋をたっぷりと食べてくれた。
本当に、本当に、食べてくれて、嬉しい。
良く噛んで、ごくっと上下するのど仏、
最後に残った、「好きなものを食べる」と言う楽しみが、どうか長く続いて欲しいと願う。
食べ終わると、一緒にTVを見る。
みかんを食べる。
お茶を飲む。
家で過ごすのと変わらない時間が流れる。
だけど・・・
私は、8時を過ぎると帰らなくてはならない。
目が開いて穏やかな表情

の夫と別れて、1人で家に帰るのは、慣れてはいるが、やっぱり淋しい。
正面から夫の顔を至近距離で見つめながら、お別れの挨拶をする。
帰らなくっちゃ。帰っても良い?夫は小さく頷いた。
もっと居て欲しい?反応なし。
な~んだ。
momoさんだよ。momoさん好き?
夫は、今度は小さく頷いてくれた。
momoさんも、お父さんが大好きだよ。お父さん、いっつもmomo、momoって、呼んでたよね。
momoさん、momoさん、momo、momo、momo、momo
私は、嘗て夫から嫌になるほど呼ばれていた自分の名前を、何度も何度も夫に聞かせてあげた。
夫の心のどこかに、何かが残っていて、ほんの少しでも呼び覚まされるものがあるのか、ないのか、
それは分からない。
分からないけれど、夫の表情は、いつもとは少し違う様に見えた。
目が、何かを考えている様に見えた。
目の動きが変わった。
大きく見開いて、右から左へ、視線が動いた。
病気になる前には、ふざけた時に良くやっていた目の動きだ。
きっと夫は、今の自分が出来る精一杯のやり方で、意思表示をしたんだろう。
唇も動いた。
ほんの少し、声が出た。
○○□□△△・・・・驚いた。
ん?何?なんて言ったの?
ねえ、なんて言ったの?当たり前だけど、答えてくれない。
リクライニングを倒して、ユーミンのCDをかける。
「ルージュの伝言」のリズムに合わせて、体が小さく動く。
その、ほんの僅かな動きは、私に大きな幸せを感じさせてくれる。
それにしても、
夫は、何て言おうとしたんだろう・・・・・・?

だよね。
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