鶏肉とアスパラをオリーブオイルで炒めた夕食を食べ終えて、直ぐに後片付けをした。
日によって、片付ける前に、夫のベッドに、ごろんと横になる時もある。
先に片付ける方が、絶対に後が楽なことが分かっていても、つい嫌な事は先に延ばしてしまう。
夫は、車椅子を窓側に向けて、まだ明るい外を眺めている。
片づけが終わって、本日のデザート、甘い桃と種無し巨峰をお皿に盛って、夫の背中から声を掛けた。
(片付け)終わったよ。そう言って、夫の背中側から顔を覗き込んだ私は、何とも言えない夫の表情を見た。
笑ったのだ。
いや、笑うことは今までにも何度もあったけれど、こんな表情の笑顔は初めてだった。
ニコッ、と言う風な笑顔で、しっかりとした視線で、下から私を見上げ、同時に、頬と口角がキュッと上がった。
お片づけご苦労さんとでも言ってくれた様に。
一瞬、病気ではない夫がそこに居る様な衝撃を受けた。
何と表現すれば伝えられるだろうか。
病気になってからの夫が笑ってくれる喜びは計り知れない。
それは、笑っている瞬間は、苦しくないだろうと思うからだ。
ここに至るまで、あまりにも塗炭の苦しみを舐め抜いた夫だから、理由は何でも良いから、笑っていて欲しかった。
理由なんかいらない、ただ、笑ってくれればそれで良かった。
訳の分からない笑顔でも、充分だった。
でも、今日の笑顔は一味違っていた。
後ろから顔を覗かせた奥さんに向かって、夫として、優しい柔らかい笑顔で答えてくれたのだ。
正に、私の夫としての、あの笑顔だった。
懐かしい夫に出会えた気がした。
病気の夫が笑ってくれた喜びではなく、私がどんなに会いたいと願っても、絶対に叶わない、元気だった頃の夫に出会えた様な、一瞬の歓喜だった。
ほんの一秒で、元の夫は帰ってしまった。
その後、似たような角度で、声を掛けても、夫は帰って来てくれなかった。
でも・・・・ほんの一秒でも・・・・・私が会いたい夫に逢えて、本当に嬉しかった。
夫は昨夜開けられたドアに指2本挟まれてバンドエイドでしたがその割には機嫌が良く笑顔を振りまいてくれました。何故でしょう?きっと看護師さん達のアテンションが多かったのかな??