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いつでも里親募集中

12月はとても忙しい。


仕事が忙しいのは、例年通りだが、他にも色々と忙しい師走となった。


92歳の母が、肺炎で緊急入院したりしたので、仕事の合間を縫って何度も新幹線に飛び乗った。


これっきりと言う事もあるので、自分の心に後悔がない様に、出来る限りの事はしておこうと思った。


幸い、母は、10日間の入院で、元通りの自宅での生活に戻ることが出来た。


これからきっと、こんな事が増えてきて、そして・・お迎えが来るのだろう。


一段落した母のことの他にも、何だか色々と気を揉むことが多い12月で、少々疲れている。


救いは、夫が何も変わらない状態で居てくれることだ。


夫の調子が悪かったら、私は迷わず新幹線に乗ることは出来なかっただろう。


今となっては、安心して任せられる施設に入ってもらっていて、本当に良かったと思う。


夫は、落ち着いていると言っても、別に何かがより良く改善したわけではない。


改善などは、しない。


現状維持がベストなのだ。


いや、ベストかどうかも分からない。


とにかく、夫は、何でも良く食べ、良く噛んで、上手にゴックンが出来る。


そして、命をつないでいる。


私が、心に悩ましいことを抱えていても、夫は何も知らずに、そこにいる。


良い顔をしてくれれば、そこから元気をもらうことが出来る。


しかめっ面しかくれない時は、元気回復は出来ないが、それ以上に落ち込むことも、今ではもうない。


私も、いろんな事に・・慣れた。





夫が病気になって、その渦中に居る者だけが、感じる幸せがある。


ランちゃんパパが、配偶者が認知症になって良かった事三つ、上手にまとめて書いて下さっているので、同じ事をここには書かない。


全くその通りだと思う。


夫のお陰で、私は少しはましな人間になれている様な気がする。


夫から学ぶことは、あまりにも大きい。


夫から得る幸せは、普通では得られない幸せだと思う。


そう・・・夫が若くして認知症になっても・・・私・・・幸せです。








と、ここで終えてしまうと、「きれいごと」だけで終わってしまうので、続きを書く。


私が、幸せだと感じているのは、嘘ではない。


独特の幸せ?


感じることが出来る者だけが感じられる幸せ?


究極の幸せ?


曰く付きの幸せ?


まあ、何でもいい。


とにかく私は、幸せなのだ。


だけど、そんなきれいな幸せの後ろには、何百倍もの苦しみが隠れている。


過ぎ去ってしまったことでも、消えはしない。


夫が、私に向かって「だれ?」と言ったこと、


夜中に、「ころすぞ!」と殴りかかってきたこと、


そんな時は、メグちゃんを抱きしめて、布団の中に隠れていたこと、


家中、便を踏みつけて歩き回っていたこと、


外に向かって、「おーい、おーい」と叫んでいたこと、


どんなに頑張っても、夫を苦しみの淵から助けてあげられなかったこと、


そんな数々の出来事は、どんなに時が経っても、きれいな思い出、懐かしい思い出、ましてや笑い話には変化しない。


そして、何より50歳になったばかりで、人生を断ち切られてしまった夫の無念、


まだまだやりたかった事が山ほどあっただろうに、その全てが奪われた、


今、夫と穏やかな時間を過す事が出来るようになった私の心の奥底に、それらの記憶は、相変わらず重いままで存在している。


私が、どんなに「幸せです!」と声高に叫んだところで、それらを全て背負った上での幸せでしかない。


だから、究極の幸せなのだ。






そんな自分の幸せを脇において、いつも思うことがある。


夫はどうなんだろう?


私自身は、そんな夫であっても、居てくれる事が嬉しい。


何もしゃべってくれない夫であっても、居なくなってしまったら、淋しくて淋しくて仕方が無いと思うことは、想像に難くない。


生きていて欲しい。


そう思う。


だけど、


夫は、どうなんだろう?


生きていたいだろうか?


立場が逆なら、私は、ただ時間を刻むだけの人生に身を置く事を、仕方がないと諦観できるだろうか。


人は決まって、「ご主人は奥様のために生きていて下さってるんですよ。」と言う。


もし、夫が死ぬことによって本当に楽になれる、本人がそれを望んでいる、と言うことが間違いの無い事実なら、私は自分の淋しさは、少し遠くに追いやらなくてはならないと思う。


長い間苦しんできた夫が、これから先も苦しみ続けることの方が耐え難い。


ただ、今の夫が苦しんでいるかどうかは、誰にも分からない。


どうやっても調べようが無い。








夫は、元気だった頃、こう言っていた。


「長生きする事がいいんじゃない。短くても、やりたい事をやって、充実した人生を送ることがいいんだ。」


はっきりと、そう言っていた。


夫が、生きていたいと思っているかどうかは、これまでにも何度も私の頭を過ぎり、答えなく過ぎて行った。


病気が進行しつつある頃、そしてまだ自分の意思を言葉に出来る頃、夫は言っていた。


「死にたい。」


今となっては、そんな風に考えたり、感じたりすることはなくなっていると思う。


それなら、いいのか?


いや、いいも悪いも、ない。


それが夫の運命、


本人が食べるから命が続く。


ただそれだけだ。


そんな夫を見て、色んな思いが沸きあがる。


考えても仕方の無いことばかりだ。


病気になっても得られる幸せな部分、きれいな部分だけに浸って生きていけたら良いなと思う。


でも、無理。


結局、苦しみも悲しみも、肩から下ろすことなく、ずっと最後まで生きていかなくてはならないんだろう。


そして、それでは悲しすぎるから、


究極の幸せに身をゆだねて、生きてゆく。





そんな2015年も、残り少なくなってきました。


大晦日まで仕事は続きます。


もう一息、頑張ろう。

























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