生きている時間の中では、たった今が一番若くてきれいな時、って笑い話のように語られることがあります。
確かにそうです。10代20代の若くてきれいだった頃は、もう過去の遺産であり、生きている自分の中では今のこの瞬間が一番若い、と言うのは正に真理です。来年は、今より一年年取っている訳ですものね。
いったい、何が言いたいのか良く分からなくなってきましたが、どうも私は、ヒロくんもまた、今が一番良い状態であると自覚しなくてはならない、と自分に言い聞かせたいようです。
悲しいかな、気分の落ち込みが激しくなってきたのは、この病気故どうしようもないこと、と自分を納得させようとしていた一ヶ月ほど前、ケアマネさんから、「鬱が入っているかもしれません。鬱なら薬で良くなるから、先生に相談して下さい。」と言われました。
ウツ?薬で良くなる?
これは正に目から鱗。そして、激流に浮かぶ一本のワラではないかと思いました。
ワラでもいいからすがりたい、ワラでも、気づかれないようにそっとしがみついていられれば、まだもう少し遠くまで流れて行けるかもしれない、そんな思いで、私は予約外で姫ちゃん(精神科の先生。お笑い芸人のひめちゃんにそっくり)に会いに行きました。
「一人で行った方が、本人の様子や家族の思いを伝えやすいから、ヒロさんは預かりますので、一人で行ってきて下さい。」
ケアマネYさんの温かい言葉に甘えて、私は話したいことを忘れないようにメモを書いて一人で出かけました。
長い待ち時間に、私は出来るだけ的確に最近の様子を姫ちゃんに伝えられる様、予行演習していました。
カルテに、これまでの様子は書かれているはずですが、姫ちゃんは4月から来られた先生なので、実際のヒロくんの変化にはおつきあい頂いていないのです。
私は、過去の経過をかいつまんで話し、そして一番の心配事である、ここ数ヶ月の急激な気分の落ち込みを、出来るだけ分かってもらえるように具体例を挙げながら話しました。
姫ちゃんは、言葉を挟まずに聞いて下さっています。
そして、話はクライマックスに入りました。
「私は、認知症である以上、もう仕方がないのかと思っていたのですが、ケアマネさんから、ウツかもしれない、ウツなら薬で良くなるから相談して下さい、って言われたのです。ウツでしょうか?それなら薬で良くなりますか?」
本人を連れてきていないので、もしかしたら連れてきて下さい、と言われるかもしれない。それなら直ぐに連れてこよう、と思いながら、私は姫ちゃんの口が開くのを待っていました。
「まあ、認知症に伴うウツって言うのはありますね。じゃあ、元気が出る薬を出しておきましょうか?」
え?これだけ?あんなに一生懸命しゃべったのに、診断はこれだけ?本人に会わなくてもいいの?
やや拍子抜けした気分で診察室を後にして、それでもとりあえず薬を処方されたので、これがワラでありますようにとの希望を抱いて薬局に行きました。
薬の名前はドグマチールです。もうすっかり顔なじみとなった黒縁めがねの薬局のおじさんに「これ、ウツの薬ですか?」と聞くと、「これは胃薬ですよ。10mgならウツ薬だけど、5mgだと胃薬です。」
ガーン!胃薬?そんな馬鹿な!
私の反応にあわてたおじさんは、「いや、ウツにも効きます。気長に飲んで下さい。」と取り繕ってドグマチールを袋に入れてくれました。
なんだか、始まりからして笑い話です。やな予感。
それでも、とりあえず今はこの胃薬、いえウツの薬に望みを託すしかないので、ありがたく頂戴して、Nホームでお留守番しているヒロくんを迎えに行きました。
ケアマネYさんに姫ちゃんの診断と黒縁めがねのおっちゃんの胃薬話をすると、「ドグマチールは、ウツの薬として良くでていますよ。」と、言われたので、ほっとしました。
そして、後日Yさんから「ドグマチールを服用された方のブログです。読んでみて下さい。」と言って、一枚のコピーを渡されました。
ふ・ふ・ふ・・・・・それはのんた2号さんのブログだったので、「ありがとうございます。」と言いながら、個人的には大受けでした。
そんな訳で、ヒロくんのウツかもしれない治療が始まりました。初めの一週間は一日二錠。あまり効き目がなさそうなので、次の二週間は三錠に増えました。
そして、三週間が経過しましたが、ちっとも元気になんかなりません。飲ませるときいつも「元気が出る薬なんだって。」と言い聞かせていたにもかかわらず、です。
姫ちゃんは、「効かないですか?じゃあ、薬変えましょうか?」
この先生は、いつも疑問文で話されます。精神科の場合、断定的に話すことは難しいのでしょうが・・・
で、次はアナフラニールと言う薬が出てきました。
一日四錠を二週間分です。
飲み始めて6日、ヒロくんの気持ちは前にも増して落ち込んでいます。効き目が出るのに時間が掛かります、と言われているのですが、姫ちゃん、間違って躁の薬出したんじゃないの?と心配になるくらいです。
一週間、言われた通りに飲ませたのですが、何処から見てもより気分は下り坂です。Yさんも、「薬、効きませんね。時々、一点をじっと見つめて目がすわっている事があります。」と言われました。
そして、何よりの最近の心配事は、急激な食欲の減退です。もう、ほとんど・・・・・食べない。
ほんの一口、二口、食べただけでもういい、と言う感じです。水分もあまり取りません。
またまた姫ちゃんに会いに行かなくてはなりません。何しろ、週に一回だけの診察なので、いつでも気軽に相談に行く、と言う事はできないのです。
姫ちゃんは、言われました。
「効かないですか?でも、薬を飲んだために気分が落ち込むとか、食欲がなくなると言う事はありません。じゃあ、量を増やしましょう。」
こうして、私は沢山の薬を貰って家に帰ってきました。薬は、アナフラニールの他にも、睡眠導入剤のベンザリン、不眠時に飲むというレンドルミン、それから、何とかと言う便秘の薬。
膨れ上がった袋を見て、なんか違う・・・・と言う思いが湧きあがってきました。
私が、ヒロくんとの残された時間の過ごし方の中に、ヒロくんを薬漬けにしてまで、ほんの少しでも時間を延ばしたいと言う思いはあるのか?そして、何をどう頑張っても、脳の萎縮は治らない、止まらない。
ヒロくんが元気だった頃に、良く話していた言葉が思い出されます。
「長く生きる事だけが良いのではない。たとえ短くても、自分がやりたい事をやって、充実した人生を送る事が大切なのだ。」
まるで自分の人生を予感している様なその台詞が頭の中で渦を巻き、私は今、これから先、どう生きて行くのが、ヒロくんのため、私のため、残された家族の為になるのか、思案に暮れています。
その人のすべてが現れる、と。
だから、ひとりひとり違うのだと。
ご主人様のことを熟知していらっしゃるのはmomoさんですから、momoさんが介護の過程で考えられること以上のことを考えられる人はいないでしょう。
介護の渦中は、暗中模索・試行錯誤の連続ですね。
momoさんがどういう道を歩んでいきたいのか。
それは、momoさんにかかっています。
ご主人様のことを深く深く愛していらっしゃるmomoさんの判断が最善なのです。
誰にも、これがベストだ、という道をしめすことはできないのです。
私にできることはやってきた。
そう思える介護なら、後悔は少ないでしょう。
今の私にいえる限界です。