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いつでも里親募集中

最近、つくづく介護と子育ては似ているな、と思う場面に出くわします。

私が子育てをしていた頃は、今のように使い勝手の良い紙おむつなどはなくて、当たり前のように布オムツにマジックテープで止めるオムツカバーが使われていました。

赤ちゃんの動きが激しかったり、使い古してテープの効きが悪くなっていたりすると、オムツが外れてしまったり、脇からポロリとかわいいが転がり落ちたりして、お母さん達は大慌てだった事が、今となっては懐かしい思い出です。

やっとおすわりが出来るようになった赤ちゃんが、外れたオムツと散乱したの中で、ニコニコしながら遊んでいたけど・・・・あれは何番目の息子だったかしら・・・・?

部屋の中に落ちていたを気が付かないで踏みつけて歩いていたのは、一回や二回ではなかったような記憶があるけど・・・・・

こんなドジな母親は・・・私だけだったのかしら・・・・?


そして、30数年が経過した今、再び、私は今度は夫ののお片づけをしているんだわ・・・




外にお散歩に出かけて、ちょっと近所の奥さんと立ち話をしていると、母親を取られたような気持ちになる幼子は、はやくいこうよ~、と、私の手を引っ張って、駄々をこねたものでした。

あの小さな手の温もりが、忘れられないわ・・・

そして今、家の近くに散歩に出て、私がご近所さんと話していると、たちまち不機嫌になる夫の姿が、直ぐそこに・・・


夜中に、何度も何度も起されて、片言で「あっち、あっち」と言う息子を抱っこして、命じられるままに歩いてゆくと、台所のしゃもじに到達。

「これで良いの?」と聞くと、にっこり笑って「うん。」と言った。

凍て付くような真冬の深夜の、あったかい記憶です。


そして今、夜中に何度も何度もベッドから起き上がり、あっちへウロウロこっちへウロウロ・・・・そんな夫の姿に、ぬくもりなど感じるゆとりは無く、心の中で、もういい加減にしてくれと叫んでいる・・・私。



7歳・5歳・2歳・0歳が集う食卓は、めちゃくちゃながらも、楽しくて、床にこぼれたご飯粒を、ほんのちょっと時間を置いて乾燥させてから掃除機で吸い取る、と言う裏技を編み出した手抜き母。

そして今、再び食卓は、めちゃくちゃに乱れ、ついでに心までもめちゃくちゃに乱れる私。



言葉が遅かった末の息子は、2歳を過ぎても「あー、あー」で全てをまかなっていたっけ。

「お腹すいたのね。ご飯食べたいのね。」「お天気がいいのね。外に遊びに行きたいのね。」

私が文章に変換してあげて、当たっていればニコニコ、違っていると怒り出す。だいたい正解したものだったわ・・・いつも一緒に居れば言葉がなくても、分かるもの。


そして今、簡単な単語しか話せなくなった夫の言いたい事を文章にしてあげなくてはならない私。これもだいたい分かるけど、時々はわざと分からない振りをする意地悪な私。


こんなにも育児と介護は似ているのに・・・・

私がやらなくてはならない事、やって居る事は、ほとんど同じなのに・・・・・




神様が私に4人の男の子を授けてくださったのは、もしかしたら、将来に備えて、ちょっとは練習しておきなさいと言う親心(神心?)だったのかしら・・・・?


でも、神様・・・・ダメです。

子供なら、何人でも育てられるけど、介護は・・・・ダメです。


私には・・・・全然適性がないのです。

子供のなら、手で触っても平気だけど・・・夫のは、触りたくないんです。

子供は、駄々をこねても可愛いけど・・・・夫は、可愛くないんです。

子供は、小さくて抱っこできるけど・・・・夫は、私を上から見下ろすんです。

子供は、あっと言う間に成長して、直ぐに私の手から離れて行くって分かっているから、どんなにしんどくても「期間限定」だけど・・・・夫とは、いつまで続くか分からない時の長さに、疲れ切ってしまうのです。

子供は、この先どうなってゆくかが分かるから、たとえどんなに「今」が大変でも、心の中でめどを立てる事が出来ました。

でも、夫は・・・・・先が分かりません。来年、来月、来週、いえ明日だって分かりません。




神様、あなたは間違ってます。



4人も子供を育てた人間なら、介護なんて苦じゃないだろう、って?

乗り越えてゆくだろうって?



育児と介護、あまりにも似て非なるもの・・・・・。




天から、「若年性アルツハイマー」の弓矢を放った神様。





あなたは・・・・・・矢を放つ相手を間違えられました。





天職を見つけたメグちゃんがうらやましい昨今。
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コメント

さあ、どうします?

子育てを経験しなかった私に、神は両親の介護という試練を与えました。

母と私は、立場が逆転して、真の母と娘になりました。
「お母さん、お母さんと私には介護の期間は必要だったね」
「うん」
「お母さんは幸せだよね」
「うん」
2008年1月の会話です。

子育てを祖母(母の継母)に委譲して、小学校教師として働き、家計を支えてきた母でした。

普通の親なら、どんなにしんどい子育ても放棄しないでしょう。
不登校など問題を抱えて苦しんでも、親なら寄り添って生きていくでしょう。

母との介護は、私には、しんどいしんどい子育てに似ています。

母はやがて亡き家族(実母・実父・実妹・実子・継母・夫)のもとへ旅だっていくでしょう。

母の人生をまっとうさせてやることは、母にとっても、とても重要なことだと思っています。
そして、私にも。

どうぞ、ご主人様が人生をまっとうされるその日まで寄り添ってあげてください。
今の介護形態が限界なら、新しい介護形態に踏み出してください。

momoさんのブログに書き込んできて、私自身の介護もあらためてふりかえっています。
私には、家族がいてよかった。
夫ひとりですが、夫がいてくれたから、こうやって生き残ることができました。

momoさんにも、家族がいらっしゃいます。
家族といっしょに介護をやりとげてください。
自分ひとりでかかえこまないでいいのですよ。

家族の存在

私は、つくづく恵まれた環境にあると思います。

子供には出来るだけ迷惑を掛けたくない、なんて親らしい事を言って見たりしますが、いざとなったら、息子たちが助けてくれる、私が限界を超える一歩手前まで来たら、息子たちが別の角度からの視点で、何とかしてくれる、と思えるからです。

そんな家族の存在があるから、今日までやってこれました。また、これから先も何とかなるだろうと思えます。

そんな私でさえ、気持ちの上では日々ぎりぎりの所で生きているので、世の中には、もっともっと大変な方が居られる事は容易に想像できます。

下は、先日新聞にも載っていた記事です。

http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20091014AS1K1400614102009.html

どんな感想も何も・・書けないです。

弱者の思い

この国は、弱者には厳しいですね。

政治も経済も混沌としていますが、
私はいっさい無関心でやってきました。
「自分の介護をやり遂げる」だけで精一杯だからです。

認知症の介護については、
体験した人と、体験しない人のギャップが大きすぎます。

先入観とリアリティのギャップを埋める、そういう役割を私は担ったのかな、と思っています。

昨日、母の面会に行って、「お母さん」と100回呼びかけてきました。
「お母さん、お母さん、お母さん」
「お母さん、お母さん、お母さん」
「お母さん、お母さん、お母さん、お母さん」
10回のリズムで呼びかけて、10回繰り返しました。

いつもいつも「思いつき」の介護です。
母がこの世に存在している間は、私の責任ですから、なんとかかんとか関わり続けます。

母が心底優しい人だから、ここまで頑張ってこられたのだと思っています。

momoさんと息子さんの力で、ご主人様を支え続けてくださいね。
認知症は、本当につらい病です。
いってもせんないことですが。

お母様は、

100回も「おかあさん」って呼んでもらえて、お幸せでしたね。

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