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いつでも里親募集中

ヒロくんは、お客様を招待するのが大好きでした。元気だった頃の話です。


老若男女,誰とでも直ぐに仲良くなれる天性の特技を持ったヒロくんは、お客様が来ると、先頭切って、嬉々としてご案内を買って出たものでした。


自然に満ち溢れた環境の中で、都会の喧騒を忘れられるひと時を提供出来ることが、何よりのヒロくんの自慢でした。


冗談を交えながら、お客様と話をするヒロくんの、それはそれは嬉しそうな顔は、私の脳裏に克明に焼きついて、生涯消える事はないでしょう。


病気になってからも、しばらくの間は人の気配を察すると、顔を出して、お客様と楽しそうに話をしていたものです。


傍で見ている私は、それはそれははらはらしましたが・・・


でも、ヒロくんは、得意のパフォーマンスで、尋ねられた難解な質問にも程よく「いい加減」に答えて、笑いを誘っているのです。


天性の人当たりのよさと、明るさと、柔らかさが「そりゃあ・・・わからないよ。」なんて、とんでもない台詞を言っても、相手を怒らせない。


これは、私にはとてもまねの出来ない事であり、また息子たちがこのDNAをあまり受け継がなかった事が少々残念でもあります。



それら全てが・・・・なくしてしまって益々輝きを増してきたその思い出が、今となっては、とても、とても、懐かしく思い出されます。




あの頃は・・・・・まだ、まだ、良かったんだわ・・・・・。






時は流れ、


ヒロくんが、生きて行く喜び、生きがい、やりがい・・・など、何もかもなくしてしまってから、ケアマネYさんと私は、何か生きがいになる事を見つける事が出来ないかと、知恵を絞りました。



でも、そんな事が簡単に転がっているわけはなく、また、私の心の奥には、多分もう何をしても無理、と言う否定的な思いが潜んでいた事も事実です。


そんな中、もし、何か出来る事があるとしたら、ヒロくんがお客様を案内する、と言う状況を作る事だと思っていました。


それしかない、と言い切れるくらいの確信すらありました。



これで、少しでも良い兆しがなければ、もうお手上げ。


そんな思いもあり、だから余計にそれを実行する事に躊躇がありました。



漠然とそんな事を考えていたある日、10月のNホームさんの「今月の予定」欄に、古民家見学、と書いてあるではありませんか。



これって、うちの事?



そういえば、少し前に「ヒロさんの所は、見学が出来るんですか?」と聞かれて、「出来ますよ。」と、答えた事はあったのだけど・・・・・・



少々、連絡の不行き届きがあったものの、先日の秋晴れの一日、ヒロくんが「自分のお客様」を見学にご招待するという形が実現したのです。


1019


何年振りでしょうか・・・・・ヒロくんが再び「自分のお客様」をお連れするなんて・・・・・


数日前から、「見学よろしくお願いしますね。」「うん、いいよ。」と言う会話がNホームさんの中で、何度も何度も交わされていたに違いありません。


私は、妄想しました。


嬉々として、皆さんを案内するヒロくんの姿を。


もしかしたら、元気だった頃にしていた、いつもの場所でのいつもの台詞を思い出したりしないだろうか・・・・いやいや、変な期待はやめておこう。


でも、もしかしたら・・・・・



万に一つ・・・・・・・・



私は、部屋の掃除やお茶や茶菓子の準備をしながら、複雑な感情が巡っていました。




そして、当日。


10192


前日からの泊まり明けの午後、Yさんを含む職員さん3人とおばあさん2人、おじいさん2人を連れたヒロくんが、颯爽と車から降りて・・・・・来る予定だったのですが、


ヒロくんは、いつもと同じような、しんどそうな不機嫌な表情で車から降りてきました。


ちょっと・・・がっかり。


と、共に、やっぱりね・・・・と、いう思いが込み上げて来ました。


仕方ない・・・・ヒロくんは、私がこの行事に最後の望みを託している事など知る由もないのですから。



以前から、お泊りの翌日は、決まって機嫌が悪く、早く家に帰りたくて帰りたくて仕方がない様子だと聞かされていました。


「お客様のご案内」と言うスペシャルメニューが用意されていたその日も、ヒロくんにとっては、「いつもと同じ泊りの翌日」でしかなかったのでしょうか・・・・・・


きっとそうなんですね。



Yさんが後日言われたのは、見学の途中、場面場面では嬉しそうに笑ったり、元気に歩いたり、と言うことがあったとの事です。



でも、私の目には、過去の元気だったヒロくんがお客様をご案内しているあの生き生きとした姿の、一億分の一、いえ、一兆分の一、百兆分の一の片鱗すら感じられませんでした。


最後まで、ほんの一瞬でも、です。


ヒロくんは・・・・・こんなじゃなかった・・・・・全然違う。


最後に、畳に座って皆でお茶を飲む時間になっても、ヒロくんは、一人座る事をせずに、立ったまま落ち着かずうろうろ動いていました。


その表情からは、「ねえ、たすけてよ。なんで、こんなことしてるんだ。はやくいえにかえりたい。」と言う悲痛な訴えがあふれ出していました。



私は、Yさんに後を頼んで、先にヒロくんだけ自宅へ連れて帰りました。



家に戻ると、ようやく少し落ち着いて、ロッキングチェアに座って、じっと目を閉じています。


その姿は、とてもとても疲れているように見えました。




後日、Yさんは「良かれと思ってやったのですが、逆効果だったかしら。何が良くなかったと思われますか?人数が多かったのかしら?」と言われました。



私は、思います。

「いつもと違う事」だったからじゃないかと。



ヒロくんにとっては、「お客様の招待」なんて事は、もうほとんど記憶にもない化石みたいなものだったのかもしれません。



一生懸命、泥まみれになって化石を掘り出そうとしているのは、周りにいる人間だけであって、本人には、もしかしたらそれすらもう、放って置いてくれ!と言いたい出来事だったのかもしれません。



針の先ほどの希望を抱いてしまった事を後悔し、これでもう、おそらく何か「してあげる」事は、多分私の貧困な発想では、思いつかないでしょう。



何もできない事を確認し、ある意味せいせいした気分すら感じます。





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後は、静かに静かに・・・その日を生きて行ければ・・・・


それが・・・・・幸せ。














コメント

今私が母にできること

愛情をそそぐことに尽きます。

5年半前、脳梗塞で大変な状態になって以来、
母を「死にゆく人」ととらえてきました。

もちろんその前から、優しく接してきましたが、
「母の人生を肯定する」
「母の人格をほめる」
に徹してきました。

「お父さんもお母さんもしっかり生きた。それがすべてだ」
「ありがとう」
というように。

認知症は病であって、それ以外のなにものでもありません。

「命ある限り前向きに」
2008年1月からの母と私の合い言葉ですが、
つい最近、この言葉に反応したのでびっくりしました。

母にはかなわない。
何度も思いしらされてきましたが、今回もです。

頑張らせることがいいことなのかどうかわかりませんが、母は生きる意欲を持っているのです。

愛情を注いで、注いで・・・
やはり私の務め、使命ですね。

大切にされている命は幸せである。
家族だからこそ、できることですね。

愛情を注ぐ、


言葉で言うと簡単ですが、それが簡単ではないのが、渦中にある者の葛藤、苦しみです。

お母様が生きる意欲を持っておられる事は、とても素晴らしいですね。

そう感じられるだけで、介護する方も頑張れます。mikiさんも頑張って下さい。

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