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いつでも里親募集中

病院への道のりは、新緑が映える快適なドライブでした。


夫は、とても穏やかな精神状態で車に乗っていた。


もちろん、自分が今日、入院する事など知らない。


風薫る5月。


緑が綺麗。


予定の10分前に、病院へ着いた。


何時もは右側の外来受付へ行くのだが、今日は左に「入院受付」と書かれた札があったので、そちらへ行った。


「今日、入院予約しております○○と申します。」


とうとう、この言葉を言ってしまった。


受付で診察券と保険証を出して、名前を呼ばれるまで暫く待っていた。


夫は、あちこち歩き回っている。


その腕を取りながら、私も一緒に歩いた。


呼び出しがかかり、診察室の中に入った。


4月30日に出会ったM先生が居た。


M先生、誰かに似ていると思っていたけど、分かった。


昔、子供が見ていたアニメに登場していた、ラーメン好きの「こいけさん」だ。


あれは何のアニメだったか、忘れてしまった。





夫がどうしても椅子に座らないので、その場に居た4人は皆立ったまま話をした。


M先生は、初めて会う自分の患者に質問した。



「お名前教えてください。」


「お年はおいくつですか?」


「ここはどこですか?」



もちろん夫は答えられない。


でも、彼は何か一生懸命先生に言おうとしていた。


何が言いたかったのだろうか?




それから、先生は私と話した。


私は、入院に当たっての自分の希望を出来るだけ伝えた。


再び家に帰って、一緒に暮らしたいこと。


上手に誘導したら、まだトイレで排泄が出来るので、出来るだけそれを維持して、オムツにはならないようにして欲しいこと。


今はまだ足腰も丈夫なので、車椅子にならないで欲しいこと。


荒れることなどがあるかもしれないけれど、強い薬で抑えるのは出来るだけ避けて欲しいこと。


そして、拘束は出来る限りしないでもらいたいこと。


時々、暴れたり荒れたりする事の他にも、眉間に皺を寄せた苦しそうな辛そうな表情のときが多いので、それが無くなって欲しいこと。


穏やかに過ごすことが出来て、他の条件も整えば、まだ在宅で出来ると思うので、それが一番の希望であること。




思っている事を全部伝えました。


これは、先輩から学んだ事です。


遠慮して、言いたいことを言わずに、後で後悔する事は避けたいと思ったのです。



先生は、カルテを見ながら言われました。


「薬は、今はセロクエルとリフレックスですね。今後、状態を見ながら薬を変えて行きますが、2種類以上に増やさないようにします。

まだ、年がお若いので、環境の変化によって急激に認知症が進んで寝たきりになってしまうことなどもあります。

え?はい、薬の影響ではなくて、認知症が進んだためにそうなってしまうのです。


在宅の希望は分かりましたが、今後、車椅子になったり、排泄の問題などが出て来る事もありますので、それは相談しながらやって行きましょう。

もし、施設に、と言う事でしたら、入院中に薬も変えて行かないといけないのです。

それから、拘束は、状態によって必要も出てきます。万一、拘束するときは、必ず連絡を入れて、これから拘束します、とお知らせしてからやります。


何か他にご質問はありますか?」


一応、聞きたいことは全部聞けたような気がしたので、「いいえ」と言うと、先生は、今度は夫に向かって、こう言われました。


「○○さん、ちょっと入院して、やってみましょうね。」


私は、ドキッとして、そっと夫の顔を見た。


「にゅういん」と言う言葉を、夫は、理解するだろうか?


彼の表情に変化は無かった。


ほっとした。


でも、その後、私と先生がもう少し話をしていると、夫が眉間に皺を寄せて、私の方に目配せしながら首を横に振る仕草をした。


これは、「いやだ」と言う意思表示だ。


ただ、入院が嫌なのか、少し長びいている話が嫌なのか、先生が嫌なのか、分からないままだった。



それから、私たちは、迎えに来てくれた看護師さんに連れられて、2Fの病棟に行った。


エレベーターのドアが開くと、目の前に大きなドアがある。


看護師さんが鍵を開ける。


鍵付きの病棟を見るのは、いつの間にか慣れた。


そこでは、沢山のおじいちゃん、おばあちゃんがいた。


大抵の人は、大人しく座っている。


そんなに苦しそうな顔の人も居ないように思える。


夫もこうなるのだろうか?



入ってすぐに、私と息子は、面談室のような所に案内された。


夫は、看護師さんに連れられて隣の、ナースステーションへ入っていった。


但し、私たちの居るところからは、ガラス張りの窓なので、様子が良く見える。



夫は、まず椅子に座る必要があった様だ。


体温や血圧を測ったり、血液検査をしたりするらしい。


「座ってください。」と言う声が聞えている。


それじゃ、ダメだよ、彼は座れないよ、と私は思った。


夫が座らないので、看護師さんの人数が少しずつ増えてきた。


右に一人、左に一人、後ろに一人、前に一人。


前に立った男性の看護師さんが、夫の耳に口を近づけて、大きな声で「座ってください。座ってください。」と言っている。


もしかしたら、耳の聞こえが悪いと思われているのかもしれない。


私と息子は顔を見合わせて、苦笑いした。


あれじゃあ、ますます座らないのに。


私は、むしろ心配だった。


大勢に取り囲まれて、訳の分からない言葉を言われ続けているうちに、夫のご機嫌が悪くなったらどうしよう。


何とか、無事に座った頃から、私はガラス越しの夫の姿を見ることに耐えられなくなった。


時々「いたい」などと言う声が聞えてくる。


ここまできたら、もう任せるしかない。


自分が辛くなることは、出来るだけ避けよう。




それから、私は担当の看護師さんに、聞かれるままに、今の夫の状況を出来るだけ詳しく話した。


ご飯は自分で食べるけど、食べ方が分からなくなるので、傍で手伝ってあげなくてはならないこと。


夜は良く寝てくれるけど、寝方が分からないので、しっかりと身体を横たえるまで、手伝ってあげなくてはならないこと。


トイレも、見計らって連れて行くと、大抵は出来る。


だから、出来るだけ誘導して、オムツにならないようにして欲しいと、ここでも念入にお願いしておいた。




そんな話をしている間に、夫はどうやら着替えをさせて貰ったらしく、ガラス越しの彼は、私が知らない服を着ていた。


薄茶色の襟の無いシャツの様だ。


黒いリハビリシューズも履いていた。


ブルーかグリーンが好きなのに・・・・と、思っても仕方のないことを思った。



そして、着て行った洋服と履いていた靴は、全部持って帰る様にと、紙袋に入って渡された。



病棟での話が終わると、私たちは一階に戻ってお金の話を聞かなくてはならないらしい。


病棟を後にする時、そっとガラス窓を見ると、夫がお昼ご飯を食べさせてもらっていた。


スプーンで口に運んでもらっていた。


家では、一度もそんな事してあげたことないのに。


一人で食べれるのに、と、また、思っても仕方のないことを思った。


夫のこの姿が、昨日見た最後だった。


上出来だ。


もしかしたら、入院と聞いて、怒って、暴れて、その場で拘束されたりするかもしれないと思っていたけれど、いたってすんなりと入院できた。


良かった。


それだけ、病気が進んでいると言う事なのかもしれない。


多分、夫はここが何処なのか、傍にいる人がいつもと違うけど誰なのか、何も分かっていないのだろう。


私を探す、と言うこともないだろう。


良かった。


これで良かった。



とても穏やかな夫の姿を最後に見たので、私は安堵して病院を後にしました。


思っていたより上手く行った。


本当に良かった。




お昼を過ぎていたので、私と息子は帰りに何か食べて帰る事にしました。


朝から本当に大変だったけど、無事に事が運んで、穏やかに入院が出来て、本当に良かった。


もしかしたら、このまま順調に落ち着いてくれるかもしれない。


これで長年の苦労から解放されるかも。



そんな事を話しながら、私と息子はゆっくりと食事をしていました。



と、その時、息子の携帯が鳴りました。


「知らない番号だ」


病院から?


連絡先に書いてきた息子の携帯番号です。


案の定、M先生から、初の連絡です。


「病棟に出したところ、他の患者さんを突き飛ばしました。そして、職員の手を握り締めて離さないので、これから拘束します。

午前、午後30分ほどはフリーにしますが、それ以外は拘束します。ご了解ください。」





そんな・・・・・・・




私の気持ちは、突然奈落に突き落とされました。


落ち着いていた夫の姿を見て、安心して戻ってきたのに。


職員さんの手を握り締めて離さないって、Nホームでは、いつもそのまま一緒に歩いてくれていたのに。


早々と拘束?


午前、午後、30分だけがフリーで、後はずっと拘束されたまま?


そんなの嫌だ、と思ったけど、私は「よろしくお願いします。」としか返事できなかった。


嫌だ、と言っても、連れて帰ることなどできない。


ここまで来たら、もう病院を信頼して任せるしかない。



あ~、きっと夫は、このままずっとずっと拘束され続けて、あっという間に歩けなくなって、あっという間に死んでしまうんだわ。


先生の最初の説明で、若い人は進行が早いから、そう言うことも有り得るけれど、了解しておいてくれって、言われていたような気がする。





やっぱり、私の決断は間違っていたのだろうか?


もうちょっと別の方法があったのではないか?





様々な想いが頭の中を駆け巡り、今もベッドに縛り付けられているに違いない夫に、心の中で謝り続けました。



そんな想いから抜け出せたのは、一夜明けた今朝、病院へ電話した時でした。


恐る恐る様子を聞いてみると、


「昨夜は良く眠られました。拘束は、ちょっとしましたけど、暴れると言う事もなかったので、直ぐに外しました。

今は、個室に鍵をかけています。ドアの所に立って、外を見ています。私たちが入っても、暴れたり暴力を振るったりと言うことはないですよ。」




ちょっと安心することが出来た。


面会は、いつでも出来るそうだ。


よし、夫の好きな塩せんべいを持って会いに行こう。




昨日より、少し元気が出た自分がいる。





看護婦さん


コメント

momoさんお久しぶりです。
いつも見ていましたが、コメントは控えていました。
自分でどうするか決断しないといけないと思っていたから・・・
泣きながら読みました。母の入院の時思い出しました。
毎日毎日1分置きに迎えに来てって電話がなっていました。電話がなるたび"ビクッ"っとなり、母をなだめる私を見ていた娘達はこのままだとママが壊れる!!と言って私の携帯電話を操作し、公衆電話拒否にしました。そして何日かたった日、病院からの電話で、私が電話に出なくなって、凶暴になり、病院から抜け出そうとし、拘束された事をしりました。あの時あたしが電話にでていたら・・・って後悔したのですが、自分でも精神状態がどうなったか・・・その後あたしの頭には10円禿げが見つかったので、きっと限界に近かったのではないでしょうか。こんな話をしてごめんなさい。でも、きっとみんな辛い思いをして乗り越えてるから、今は特別老人ホームにて、拘束される事もなく落ち着いているから、あたしの10円はげもなくなったから、夜も寝れる様になったから、入院したから、って悩みがなくなるわけじゃないけど、すぐにはぐっすり寝れないだろうけど、決断が間違ってなかったって思えるように、1日1日を過ごせる事祈っています。

mayuさん

お久しぶりです。

辛かった頃のお話しを聞かせて頂いてありがとうございました。

皆さん、それぞれの苦しみを乗り越えて今があるのですね。

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