日々面会に通う中、そんなに新たな話題がある訳でもない。
毎回、同じ様なことばかり話しかけている。
美味しい?
これはね、○○で買ってきたの。
今日は、朝から雨が降ってるよ。
今日は、良いお天気だよ。
来る途中、梅がいっぱい咲いていてきれいだったよ。
人がいっぱい歩いていたよ。
今日は午前中、○○○○してたの。
子供たちも頑張って仕事してるよ。
おばあちゃんに電話したら、元気だったよ。
この服良い色だね。お父さんの好きな色だね。
車の中でメグちゃんが待ってるよ。
こんなたわいない話の繰り返しばかり。
夫は、「そう」「うん」「おいしい」「よかった」などと答えてくれつつ、時折、気の利いた言葉を挟んで私を喜ばせてくれたりもする。
季節は、早4月。
また、結婚記念日がやってくる。
36回目だ。
そんな所から、話が広がっていった。
夫が歩いて来た人生は、ちょっと変わっている。
15年前にサラリーマンを止めて、廃業寸前の家業を継いだ。
周りの誰もが呆れた。
どうせ、ダメに決まっていると思われていた。
直ぐに潰れると思われていた。
でも、周りの予想に反して会社は潰れる事無く今に至っている。
ソファに並んで腰かけて、私は夫に話しかけた。
子供たちが頑張ってやってくれてるから、何も心配しなくていいよ。
でも、一番偉いのはお父さんだよね。
誰もやる人が居なかったのに、お父さんがサラリーマン止めてここに来たから今があるんだもんね。
お父さんが一番偉いよ。お父さんは凄いよ。
お父さんが居なかったら、とっくの昔に会社はなくなっていたんだよ。
お父さんが一番偉い!皆そう思ってるよ。本当に偉い!
と、さんざん夫を褒め称えた。
それに対し、夫は、こう答えてくれた。
そうか・・・・
そして、そう答えた夫の顔を見て驚いた。
とても嬉しそうに笑っている。
ほんの少し、涙ぐんでもいる。
そんな反応をしてくれるとは思っても居なかったので、私は逆にうろたえてしまった。
そして、ダメ押しに誉め殺し言葉を追加した。
そうだよ、お父さんは、本当に凄い人なんだから。
お父さんは偉い!本当に、今まで良く頑張ったよね。
夫は、ますます嬉しそうに笑った。
その笑顔は、自分の人生を認めてもらった嬉しさと、オーバーなまでに褒め称えられた気恥ずかしさに満ち溢れていた。
夫は、今でもきっと、認知症になってしまった無念を抱えていると思う。
何が何だか良く分からないけれど、何となく自分の人生に違和感を感じていると思う。
だから・・・・
そうじゃないよ、
ここに来るまでのあなたの人生は、本当に素晴らしいものだったのですよ、
と、肯定してあげたい。
一瞬でも、「そうだったんだ」と思ってくれたら、それでよい。
たとえ、次の瞬間に忘れてしまうとしても。
大丈夫、忘れても大丈夫。
毎日、毎日、私があなたの人生を肯定してあげるからね。
ご主人様には通じていますね。
私、もっと話せばよかったわ。
きっと、その瞬間は通じていたのでしょう。
momoさんがおっしゃるようにすぐに忘れてしまっても。
なんの反応が無くなった頃もむかし話、古い知り合いがくると目の光が違いました。