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いつでも里親募集中

急変⑤

5時を過ぎた大学病院は、閑散としている。
私は、廊下に座ってじっと待っていた。


向かいの椅子には、おばあさんが一人で座っている。


広い廊下の向こう側では、小さな男の子が、二人ではしゃいでいる。


皆、どんな事情があって、今、ここに居るのだろうかと、想像したりしながら時間をつぶしていた。


暫くして、後から追いかけてきた次男がやって来た。


心強い。


息子には頼らないよ・・と、強がっているけれど、実は、一緒に来てくれると、泣きたいほど嬉しい。


年を感じる。


当たり前か・・・私も、来年は還暦だ。





看護師さんが来て、恒例の書類を書かされる。


家族構成、既往症、来院の理由、などなど。


書いている途中に、ストレッチャーで運ばれる夫の姿が見えた。


「レントゲンを撮りに行って来ます。」と、看護師さん。





それから、暫くすると、青い手術着らしきいでたちの先生が来られた。


若い男の先生だ。


息子より若いかもしれない、などと思った。


先生は、ネームプレートを見せながら、担当の○○と申しますと、自己紹介をされた後、座っている私の直ぐ脇にしゃがみこむ形で話を始められた。


(これより後、先生の話された内容を書くが、私の記憶によるものなので、実際とは違っていることもあるかもしれない。念のため)


ご主人様を看させて頂きましたが、重篤の肺炎を起こしています。非常に危険な状態なので、麻酔で眠らせて、人工呼吸器を装着し、呼吸を確保します。

その間に肺炎の治療をします。良くなれば、呼吸器は外すことが出来ます。








ん?なに?何て言った?


人工呼吸器・・・って聞えたけど・・・・


このあたりで、私は、夫を襲った事態が、並々ならぬものであると言うことを理解した。


若い先生の後ろには、白衣の年配の先生がじっと立って、こちらを見ている。


何か言わなくちゃ・・・



あの・・・人工呼吸器って・・・一旦取り付けて、それを外すと殺人罪になるとか、TVで言ってるやつですか?


変な質問だった。


私の頭の中では、ベッドに寝かされて、機械につながれて、生きながらえさせられている夫の姿が浮かんできた。





違う、違う。


私が思っている人生ではない。


夫が望んでいる姿ではない。


あの、それ、今、決めなくちゃいけないんですか?


あまりに急な展開と、予想もしていなかった選択を迫られている圧迫感から逃げたかった。


いつか、こんな選択を迫られる時が来る、と思っていたが、このフェイントは激しすぎた。




先生は言葉を続けた。


呼吸器装着をどうしましょうかと、相談しているのではないのです。そう言うやり方でやりますと言う事をお知らせしているのです。




なんてこった・・・私は、選択を迫られているんじゃないんだ。



肺炎が良くなれば、呼吸も改善するので、呼吸器は外せます。ただ、100%とは言えません。もし、長く呼吸器をつける事になれば、それはご本人も苦しいので、のどを切開して、器官に直接酸素を送り込む様にします。

その方が、ご本人は楽になります。




のどを切開?楽になる?


違う、違う。


そんなの違う。


言わなくちゃ。


夫は、もう10年も認知症で苦しんで来ました。例え肺炎が治ったとしても、認知症の症状は改善される訳ではありません。

もう、ここまで充分に生きてきたので、この先何かがあったとしても、延命はせずに、自然に逝かせてあげたいと思って来ました。

今回、転倒して腰が痛そうだったので、訪問看護師さんを呼んだだけだったのですが、何だか訳が分からないうちに救急車でこちらに運ばれました。

人工呼吸器なんて、まだ現実として考えたことが無かったので、今、何言ったら良いのか、とても混乱しています。

呼吸器を入れて、上手く行って直ぐに取れれば良いのですが、もしそうでなくて、ずっと呼吸器をつけっぱなしになったり、のどを切開したり、また胃ろうなどをして、何年も、ただ生かされていると言う様な事になれば、私が望んでいるのとは正反対の方向へ向かってしまう可能性もありますよね。




ここは、救命センターです。呼吸器装着で、短期決戦で肺炎を治療しようと言う方針です。それが出来ると思ったからです。

ただ、絶対とは言えませんし、最悪の場合は、そうなってしまう可能性もあります。



目の前に大きな「救急救命センター」の看板が見える。


そう、ここは救命センター、命を救う事が一番の目的であり、目の前の若い先生は、その為にここに居るのだ。


でも、違う。


私は、違う。


言わなくちゃ。


ここが、救命センターだと言う事は分かります。先生は命を救うのが、一番の目的で居られると思いますが、私は違います。この10年、夫は認知症で苦しんで来ました。

この先、少しでも長く生きることが目的ではなく、最期の時まで、出来るだけ穏やかに過せることが一番の希望です。

機械につながれて生かされるとしたら、それは私の気持ちとは大きく離れてしまいますし、主人もそんな生き方は望んでいません。



命を救うのが使命の目の前の若い先生は、この頑固なおばさんに困り果てたことだろう。


後から振り返ってみると、私が、この状況で、日頃思っている事を、救命センターの医師にはっきりと話すことが出来たのは、この担当の若い先生が持っている柔らかい雰囲気が良かったからだと思える。


病院としての方針ははっきりと伝えるけれど、決して押し付けがましくなく、こちらの言うことを聞く耳を持っている、そんな先生が担当だったのは、運が良かったのかもしれない。


上から目線の、典型的な白い巨塔タイプの老先生だったら、私は、ここまで思いを言えたかどうか自信が無い。



ただ、時間はあまり無い。


夫の命は、今直ぐに、何かをしなくては、消えてしまうのだ。




続く・・・・



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