認知症と言う病に取り付かれると、今まで出来ていた事がだんだんと出来なくなってしまいます。
でも、出来る事もまだ沢山あるのです。 ヒロくんにも、まだまだ出来る事があります。
洗濯物をたたむ事、洗濯物を干す事、食器を拭く事、掃除機をかける事、荷物を運ぶ事・・・・
数えるとこんなに沢山の事がまだ出来るのだと嬉しくなります。
でも、本音を言うと・・・・・・・・
本当は、私が一人でやった方が早いし、綺麗にできる。ヒロくんがやった仕事を、本人に気付かれない様にそっとやり直しておかなくてはならない事が多いのです。
家事を手伝ってもらう、と言うよりヒロくんのリハビリが目的なのです。
でも、でも、まだまだ、「本当に役に立つ時」もあります。
長すぎて暖炉に入らない薪を、足で踏んで割ろうとした時、私には出来なくても、ヒロくんが踏んづければ、バリッと割れた時。
暖炉の内側のガラスが煤で汚れている時、私が一生懸命磨いても落ちないのに、ヒロくんの力で磨くと、綺麗になった時。
ね、まだまだ本当に役に立つでしょう・・・・
でも、先日、もっともっと頼りになると感激した出来事が起こりました。
のんびりと二人で家で過ごしていたある昼下がりの事です。
「こんちは~」と、いきなりリビングの窓のすぐ外のベランダまで男性が入ってきました。やはり犬が居ないと無用心です。(またまたクロちゃん・シロちゃんの偉大さが・・・・・・)
それは、屋根の修理の業者さんでした。築10年経って、いい感じ(?)に苔むしている我が家の屋根を見て、これはいけるかもと思ったのでしょうか・・・・
窓から顔を出した私に、おじさんは名刺を渡しパンフレットを広げて色々説明を始めました。ヒロくんは、窓には背を向けた椅子にじっと座っています。
私は、最終結論は「お断り」と決めていたのですが、断るタイミングを上手く見出せないままに、おじさんの説明をしばらく聞いていました。
「断る」と言うのは、なかなか難しいもので、お互いあまり嫌な後味を残さないような断り方をしたいと思いつつ、心の中で言葉探しをしている内にも、おじさんは一生懸命話を続けています。
困ったな・・・・・
と、その時・・・・・
「いらない!」
部屋の中から、いきなりヒロくんの声が飛んできました。ヒロくんは、あまり良く事情は分からないものの、何となく私が困っている雰囲気が分かったのでしょうか。
「あ、主人がいらないって言ってます。」私がそう言うと、おじさんは広げていたパンフレットをたたみ、私の手から、最初に渡した名刺まで奪い取って、さっさと帰って行きました。唖然・・・・・
おじさんは、もちろんヒロくんが認知症であることなど知りません。
きっと、「窓に背を向けて振り返りもしない気難しいご主人」に見えていたのでしょう。そして、その「気難しいご主人」の鶴の一声で、おじさんは退散したのでした。
「主人」の存在とは、なんて偉大なのでしょうか。
たよりになるわぁ・・・・・・と、嬉しくなって、そして、何となく切ない、そんな不思議な気分でした。
「窓に背を向けて振り向きもしないおじさん」の威力は効果ありましたね。
奥様を思う気持ちがこういう形であらわれる。
お互いに、相手を思う気持ちは永遠です。
介護をとおしてそれは実感されると思いますよ。