受話器からは、Sさんの甘い誘惑が続いている。
奥様は、本当に良くやってこられました。
前回の退院の時も、私たちは2.3日で、戻ってこられるかもしれないと思っていたのに、あれだけ長く頑張られました。
ここで一度お休みしましょう。また、以前の様に、御主人の好きなお八つを持って面会に来て下さい。それだけで、充分ですよ。
以前も言いましたが、病院では、温かい環境で守られています。もし、来るのが辛ければ、暫く来なくても大丈夫です。
一晩中大きな声を出されたのでは、奥様も息子さんたちも参ってしまいます。ゆっくり休んで、また気力が戻って、出来る様になれば、お家に連れて帰れば良いのです。
それが無理なら、次に移れるところを、私が探しますから。
ね、ここで一度休みましょう。私たちは、ご主人も大事ですが、奥様やご家族も大事なんです。負けた。
私は、Sさんの誘惑に負けた。
疲れ果て、気弱になっていた所に、タイミング良くかけられた優しい言葉に、抗うことが出来なかった。
分かりました。じゃあ、お願いします。これで、夫は、三度K2病院へ入ることになった。
それじゃあ、明後日、皆で待ってますからね。と言う、Sさんの優しい言葉を最後に、受話器を置いた。
何と言う結末だろう。
誰が想像できただろう。
最初に退院した5月10日から、まだ3ヶ月も経っていないのに、何と言う激しさだろうか。
だけど、私はある意味ほっとしていた。
これでまた、解放される。
自分の都合で動ける。
真っ先に母の所に行こう、などと考えた。
と同時に、入院したからと言って、決して自分の心が楽にならない事も知っている。
新しい画期的な治療法が見つかった訳ではない。
夫に合いそうな薬が用意されている訳でもない。
今回、Sさんが執拗に入院を勧めてくださったのは、私のため、息子のため、である。
家族をつぶさない為に、夫を引き取って下さるのだ。
だから、夫にとっては、不本意な入院である。
もちろん、本人にその自覚は無いが。
夕方、仕事から家に戻った。
夫は、私が着せた洋服を着て、私が座らせた車椅子に座り、私がブレーキをかけたその場所に、そのままいた。
何もかもが、私にお任せだ。
2日後に、またまた入院させられること等知る由も無い夫は、少々の罪悪感に囚われている私が用意したお肉を、パクパクと食べた。
あ~、こんなにお肉を食べたら、また元気が出て暴れるだろうな・・・・・
だけど、いいんだ、明後日入院するんだもん、私は解放されるんだ、
そんな事を思った。
私は夫に話しかけた。
心の中の、「ゴメンネ」は口に出さずに、寝室よりもリビングの方が良いだろうと言う意味で、
ここが良いよねと言った。
すると・・・・・
ここが、いちばん、いい!!!!!!!!!!!
なに?????
もう、殆どの言葉を失って、「うん」とか「そう」しか言わなくなっていたのに・・・
調子よく言葉が出ても、怒った時の「バカ」位だったのに・・・・
ここが、いちばん、いい・・・って?
ここが、一番、良い・・・・って?
何と言うタイミングだろうか。
私が、入院を決めたその時に、「ここが一番良い」って言うか?
3つも単語を繋げて、文章にするか?
そんなに意味深い言葉を言うか?
この一言は、強烈だった。
続く・・・・
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