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いつでも里親募集中

そんな時期

面会に行った。 夫が7月23日に入院してから、4回目だ。


以前は、毎日の様に行っていた。


美味しいお菓子を持って、夫に会いに行く事が楽しみだった。


どんな姿であっても、夫から元気を貰って帰る事が出来た。


だけど・・・・今回はなかなか行くことが出来ない。


理由は、夫の現状があまりにも悲惨だからだ。


同じ様な経験をした人には、分かってもらえると思う。


そんな姿を見たことが無い人には、説明しがたい。







夫が入院してから、随分日が流れた。


何とか、自分を立て直さなくてはならないと思った。


冬眠してみたけど、居心地は良くない。


楽しいメグちゃんネタばかり書いて、現実の苦しさを見ないようにしようと思ったけど、それも、なかなか上手く行かない。


こうなった上は、夫の事は忘れて、自分の生活を第一に考えよう、


そう思った。


そう思いながら、日々を過ごしてきたけれど、やっぱり、それは出来ない事が分かった。


夫を居ない事にして自分だけ生きてゆく事は出来ない。


ならば、残された方法は、この現状に慣れるしかないと思った。







看護師長さんと話した。


在宅だった時に、訪問看護で何度も来て下さり、夫のこれまでの経緯や、私の気持ち、考え方、家族の状況など、何もかも分かって下さっている。


師長さんは、この様な事を言われた。


私たち二人を引き裂く様にして入院させたのに、状況が悪くなって、とても申し訳ないと思っている。


病院側も、今の夫のこの現状を、決して、これで良いと思っている訳ではない。


何とかして、楽に過ごせるように努力している。


だけど、中々上手く行かなくて、本当に申し訳ない。


今、何とか皆で努力しているので、もう少し長い目で見て貰えないだろうか。


奥さんは、この状況が受け入れ難く苦しんでおられると思うけど、これが今の御主人の病状だと思って、何とか受け入れて頂く事は出来ないか。




そんな話だった。


分かっていた。


それしかないと分かっていた。




看護師さんたちは、とても良くやって頂いていると思える。


食べることで少しでも落ち着く事が出来るかもしれないと、毎日、午前も午後も、夫が好きなお八つを、私の変わりに食べさせて下さっている。


夫の枕元には、ラジカセが置かれていて、好きな音楽がいつも流れている。


迷惑にならない様に、耳が遠くて聞えないおじいさんと同じ部屋にしてもらっている。


ただ、在宅で看ていた時の様に、24時間専属で誰かが着いている事は出来ない。


だから、安全確保のために拘束もやむをえない。





「拘束」と言うと、悲惨なイメージがある。


人間らしい扱いを受けていない様に思われがちだ。


ただ、夫ほど症状が進んでしまった場合、一概にそう言えるのだろうかと思う。


拘束をしなければ、穏やかに過せるのか?


自由に動き回ることが出来れば、楽しいか?


何もかも違う。


今の夫は、どんな環境にあっても、苦しみから逃れる事が出来ない。


「そんな時期」なんだと思わざるを得ない。


昨年、初めて入院した時は、何とか早く家に連れて帰りたいと思った。


病院は、独特の雰囲気がある。


職員さんたちは、本当に一生懸命やって下さっていて、感謝の気持ちで一杯だけど、やっぱりそこは病院である。


初めて拘束された時は、絶望的だった。


早く、連れて帰らなければ、と思った。


家に勝る居場所はない。


緑一杯の我が家、小鳥のさえずり、川のせせらぎが聞える我が家。


爽やかな風が通り抜ける我が家。


これ以上の居場所がある訳はない。


家に帰れば、きっと落ち着く。


私が傍に居れば、きっと穏やかに過すことが出来る。


そう信じていた。


疑念を挟む余地などなかった。


そんな確信の元、2度までも家に連れて帰った。





だけど・・・・現実はそんなに甘くなかった。




家に居ても、夫は苦しみから逃れることは出来なかった。


どんなに、自由に動き回ることが出来ても、


どんなに、好きな食べ物を食べても、


どんなに、優しい語りかけをしても、




夫は、眉間に皺が寄って苦しそうな顔をしていた。


どれだけ沢山の人たちが、夫の為だけに動いてくれても、夫の苦しみは消せなかった。


今、夫は、また病院に連れて行かれてしまったけれど、あのまま家に居たとしても、苦しみから逃れることなど出来ていないだろう。


今は、「そんな時期」なんだと思わざるを得ない。


夫と、少し距離を置くことで、だんだんと、そう思えるようになってきた。


悲しくて、苦しくて、何度も心が潰れてしまいそうだけど、これが夫の今の現状、これを受け入れる以外に私が生きる道はないと思う。


私が出来ることは、全てやり尽くした。


病院とも信頼関係は築かれていると思う。


これ以上、何か出来ることはあるか?


ない。


だから、私は今、この夫の現状を受け入れつつ、その上で自分の人生をしっかりと生きて行かなくてはならないと思う。


今は、「そんな時期」なんだ。


その内、また、次の動きがあるだろう。


それまで、じっと我慢だな。




そして、人間が物事に「慣れる力」と言うのも、ありがたいものだと思う。


胴体の幅広の拘束帯も見慣れた。


眉間に皺が寄った顔も、悲しい声にも、だんだんと慣れてきた。


最初に見た時のショックは、もうない。


今、夫の頭の中は混乱の極みにあるのだと思える。


苦しそうな顔をしているかと思うと、突然大きな声を挙げたり、目の前の何かを払ったり、自分の足に怒ったりする。


突然、頭の中の何らかのスイッチが切り替わる、そんな感じだ。


だけど、悪いことばかりではない事にも気がついた。


たまに、良いスイッチが入る時がある。


普段は目を閉じている時が多いけれど、突然、しっかりと目を開けて、視線が合う。


語りかけると、言葉を返してくれる事がある。


うん、

そう、

そうか、

わかるよ、

それはだめ、



そんな時は、とても穏やかな良い顔になる。


たまたまその場に居合わせた看護師さんは、自分たちにはこんな顔は見せてくれない、と言う。







若年認知症は、本当に残酷で悲惨だ。


どう贔屓目に見ても、「神様の贈り物」だとは思えない。


「何もかも分からなくなる幸せ」があるとは思えない。


夫がそんな運命に翻弄されてしまった事は悲しく辛く、耐え難い事であるが、


その現実にしっかりと向き合いつつ、生きてゆく以外に道はない事が分かった。


逃げ道は、何処にも無かったのだ。







でも、疲れた時は、ちょっと脇道にそれて見るのも悪くない。


その間は、誰かが変わりに、ちゃんとお世話をしてくれる。


ありがたい世の中だ。






あまり無理はせずに、週に1~2回ほど、会いに行ければ、それで良い事にしよう。



nouzenn.jpg

お庭のノウゼンカズラ、

見ていると、何故だか元気が出る花です。


また、公開、非公開に関わらず、沢山のコメントありがとうございます。

たっぷりと元気を頂きました。











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