夫は、ベッドの上で胴体と両手を拘束されていた。
いつもと同じ光景だ。
動きが激しい足は、ベッドの柵の上にかかっている。
これもいつもと同じだ。
この光景にも・・・慣れた。
良いことなのか、そうでないのか、分からない。
でも、私にとっては、きっと良いことなのだろう。
初めのころのショック

を、毎回感じていては身が持たない。
人間、上手くできている。
しっかりと目を閉じている夫に向かって、「お父さん、お父さん」と呼びかけてみる。
夫は、目を開けた。
そして、「よかった、よかった」と言った。
この時点で、ちょっと嬉しい。

いや、ものすごく嬉しい。

看護師さんが、二人がかりで車椅子に座らせてくれた。
移乗の最中、夫は不機嫌

を露にして、大きな声を出した。
いきなり訳が分からない事をされたのだから、不安

と恐怖

で一杯なのだろう。
車椅子に移って暫くも、不穏

は続いて、目の前の男性看護師さんにパンチを食らわした。
でも、その後は、直ぐに落ち着いて、いつもの様に、持って行ったお菓子を凄い勢いで食べた。
今日も、調子が良さそうだ。

家から持って行ったお気に入りのCDが、ベッドの脇で、繰り返し流れている。
車椅子に座っている夫の真横で、向き合うように座って、色々、話しかけてみる。
家の事、息子たちの事、会社の事、一杯話しかけた。
うん、
そう、タイミング良く言葉を返してくれる。
面白いことがあった。
A(長男)とT(次男)がね、まるで申し合わせたように結婚したんだよ。(本当は、同棲だけど、分かりやすく結婚と言っておいた)
そう夫は、しっかりと目を見開いて、ちょっと考えるような顔をして、そう言った。
分かったのかもしれない、と感じた。
可愛いお嫁さんだよ。そう会ってみたい?そう、とか、うん、とか言うだろうと思っていたら、夫は、何と、こう言った。
どうでもいい可笑しかった。

大笑いした。

夫と向かい合って、本気で笑った

のは、久しぶりだ。
今日の夫は、とても調子が良い。
所々で、ほんの少し頬が緩む。

「笑顔」だ。
再び、夫の「笑顔」が見られるとは思っていなかった。
お気に入りの音楽と、夫の「笑顔」を見ていると、私の病気がぶり返した。
お父さん、もう一回、お家に帰ろうか。夫は、今度はこう答えた。
かえるもしかしたら、薬の効果が現れてきたのかもしれない。
立ち去りがたい思いで、病室を後にした。
この後、夫は再びベッドに拘束される。
コメント
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よかったですね・・
心が通じ合えた瞬間ですね。
どうか、一回でも多く そんな瞬間が訪れますように。
私も…
ご主人、ちゃんと分かってらっしゃるんですね。
お二人に、たくさんの幸せの瞬間が訪れますように。
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