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いつでも里親募集中

ホームのエレベータ-の前に、大きな造花が飾ってある。

以前、夫は、その花に手を伸ばした事があった。


今日、職員さんから聞いた話。


夫が、その花を見て、


きれい


と、言ったそうだ。


凄い


あ~・・・・また、奇跡の現場に立ち会えなかった。


残念


だけど、


凄く、嬉しい


コメント

天恵

momoさん、ご主人様の安定・意思表現の復活と嬉しいことが続いていますね。
無事に着地されたような印象を受けます。
ここまで到達できて本当によかったですね。

生きていてくれるだけでありがたい。
母についてはそう思えた時期が結構長かったですが、別れのときは必ずきます。
どうぞ、看取りまでmomoさんが成し遂げられますように!
ご自身の心身の健康に十分ご留意くださいね。

介護はしんどいです。
けれども成し遂げたあとには自己肯定感をもつことができます。
人間としてやることはやったという思いです。

私が、痴呆(当時の呼称)に対する偏見と闘ってきた原動力は「偏見が介護家族の心身の健康を脅かす」からです。
精神的にも物理的にも経済的にも支えることはしない人たちの偏見はしんどい!

キャンペーンのおかげでずいぶん社会の理解は進んできたようには思います。
支えることをしない人たちはせめてそっとしておいてほしい。

認知症は、人間が発症する病のひとつです。
加齢が大きな要因ではありますが70もの原因があると言われています。
けっして自分と無縁の病ではないのです。

この場を借りて認知症への理解の深化を求めて発信させていただきました。

mikiさん

一昔前と比べると、認知症に対する社会の理解は、随分進んできたのでしょうが、誰もが罹り得る病、と言う認識はあっても、実際に自分を含めた家族の発症と言う現実に直面しなければ、何処か人事に感じられてしまうのは、仕方がない事かもしれません。直面して、初めて事の深刻さに愕然とするのでしょう。私もそうでした。

mikiさんが、いつもいつも繰り返し言って下さる「最後まで遣り遂げる事」この意味が、今少し分かります。

それは、お父様とお母様の、同時期にも及ぶ大変な介護を遣り通されたmikiさんが、全てを終えられてから、ある種の達成感と充実感を持たれていると、感じていたからです。

見送った後に、自己肯定出来るかどうかは、その後の人生にも関わってきます。誰しも、そうありたいと願います。

「天恵」

とても素敵な言葉ですね。夫の苦しみを救ってくれたのは、「神様」ではなく「時」だと言う、ひねくれ精神から未だ脱却できない私ですが、初めからずっと見守ってくださったmikiさんが、「無事着地」の印象を持って下さった事、嬉しいです。

この先、どの位の時が残されているのか、全く分かりませんが、せっかくここまで来たのですから、最後までやり遂げて、mikiさんと同じ様な心境になれたらいいなと思います。mikiさん、本当に、いつもありがとうございます。



家族としての愛

私は血のつながりの濃い実の親子、momoさんは配偶者という違いはありますが、「大切な家族の発症」という共通点はあります。
「介護に真正面から立ち向かい、どんなにしんどい時期でも投げ出さなかった」という共通点もあります。

「投げ出さない家族がいてくれる」ということは認知症の人にとって幸せ以外のなにものでもありません。身寄りのない認知症の人にも愛情をそそいでくれる介護職もいらっしゃることは事実ですが、ごくごく稀です。

私は昨年人間ドックを受けた時、虫の知らせか「人間ドックは結果次第で明暗が分かれますよね。」と検査をしてくれている医師に話しかけたのです。女医さんだったから話しやすかったのかもしれませんが・・・「結果がわかったらそこから最善を尽くせばよいのです」ときっぱり言われました。

結果を先に言えば、早期胃癌がみつかり、1月に内視鏡による手術を受け、おかげさまで今は1年後に胃カメラを受けるだけという状態です。
夫の負担は大きかったと思いますが、私ひとりでは対処できませんでした。
家族の力は大きいのです。

認知症も同じことです。そこから最善を尽くすだけです。
多くの方が介護体験をオープンにしてくれていることで次に続く人たちの提灯の明かりが少しずつ明るくなっていると思います。

momoさんと私の違いは「私は写真展を開き認知症に対する社会の理解を求めた」ということです。正々堂々と偏見を闘ったということです。写真展にいたるまでは当時お世話になっていた写真家の皆様の強力な支援・後押しを受けましたが、会場挨拶文だけは譲りませんでした。
その後も「介護をやりとげる」「自分が生き残る」ためにインターネット上で啓蒙活動を続けてきました。

momoさんが書いてくれたように、「我が身にふりかかるまで実際のことはわからない」ということも事実です。
ただ「認知症という病ゆえのつらさも、介護上のしんどさも、立場上のみじめさも、コミュニケーションがなくなるのではないかと感じたときのせつなさも」私はとことん体験しました。

その結果、「人の痛みが少しはわかる人間」になりました。
だから、被災者のかたがたのこともまったく無関心ということではありません。

自分の介護を終えても「認知症と家族の会」で介護家族のために尽力されている方々や、被災者支援をずっとつづけている方などには本当に頭がさがる思いです。

ただ、家族は自分の介護だけでいっぱいいっぱいです。
どうぞ、介護をやり遂げるとともにご自身の健康には十分ご留意ください。

mikiさんは、本当に沢山のものと闘ってこられたのですね。どうぞお体をお大事に、ご主人様とご一緒に幸せな日々を過されますよう祈ってます。私も、ぼちぼち頑張ります。

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