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いつでも里親募集中

雑談

夕食後、夫の部屋で寛いでいるとKさんが入って来た。

先日のH先生との減薬のやり取りなどを話した後、世間話になったので、気になっていた事を聞いてみた。


先日の、看取りの方・・・亡くなられたんですか?


はい、翌日の昼ごろでした。


おいくつだったんですか?


まだ、若いんですよ。73です。脳梗塞の後、嚥下が出来なくなったのですが、胃婁はしないで、点滴だけで過されていました。

先生からは一ヶ月位と言われてましたが、残り少ない時間を、病院ではなく、出来るだけ家庭に近い環境で過させてあげたいと言う家族の希望で入られました。

車椅子で散歩に出たり、好きだったコーラを口に含ませて上げる事ができました。体にむくみが出てきたので、点滴の量を減らして、最後は、ご家族に泊まって頂いて、皆さんでお見送りする事が出来ました。



そうでしたか・・・・いろいろありますねぇ。



かと思うと、ペースメーカーを着けられていた方が、心筋梗塞で、朝の見回りの時に亡くなっておられた事もありました。



はぁ・・・そう言う事もあるでしょうね。でも・・・その方が幸せかもしれませんね。長患いをして苦しむより、気が付いたら亡くなっていた、と言う方がいいかも・・・・。周りはびっくりしますけどね。



僕も、個人的にはそう思います。

ただ、こう言う施設だと、気が付いたら亡くなっていたと言う場合、いろいろ問題になる事もあったりするので、具合が悪くなったら、なるべく病院へ行って貰う、と言う風になりがちなんですよ。



そうかもしれませんね、色んな考え方のご家族が居られるでしょうからね。

あ、うちは、ポックリ逝ってても、誰も何も言いませんから、病院へは送らないで下さいね。



はい、分かってます。






最期の時をどの様に迎えられるかは、誰にも分からない。


どんな形で迎えるのが良いのかも、人それぞれ。


本人は元より、家族の気持ちを汲んでくれる介護者、医療者と出会えることが、一番幸せだと思う。


私は・・・本当に、幸せだ。




DSC05840ぽっくり







コメント

天命

momoさんはぶれないですね。
「亡くなった時が天命」ですね。

私も、母が脳梗塞で大変な状態になるまでは「亡くなったときが天命」と思おうとしていました。
脳梗塞の時の連絡は夫が受けたのですが、病院へ向かう間、もしものときは「人間としてのプライドが残っているときでよかった」と思おうとしました。

脳梗塞から半年後、強い薬で抑えられ車椅子になり、その後母の不安感が消えました。以来、転倒による事故や、異食による事故による旅立ちは避けたいと思ってきました。

嚥下不能の判定を受けた時、人工的延命はしないと決めていたので、食事介助に通いました。9ヶ月後くらいに胃婁に踏み切りました。施設での看取りは家族の意思だけでは無理です。母がお世話になっていたのは老健でしたから、当時は看取りの体制はなかったので「摂取量が30%を切ったら提携病院へ搬送します」ということでした。

胃婁から2年後に呼吸不全で救急車ではこばれ、担当医師に人工呼吸器挿入について意思を問われたとき「しない」と答えました。
「本当は胃婁もしたくなかったけれどやむを得ずした」と言ったので家族の意思は固いと判断されたようです。

2日後に医師との面談があり「私が元気ならどこまでもやるけれど(無理だ)」と言ったので家族の意思を尊重してその後の救命医療はしないと決断してくれました。
10年間の最後に10泊11日の入院がありHCU病室だったので24時間看護士が詰めて動きのあるよい環境で母の状態は穏やかでした。
私も毎日通って短い時間ではあったけれど声掛けをしてお別れの時間を持てました。

突発性難聴がステロイドの点滴で治ったとき、よき判断をしてくれた救急医、早期胃癌の手術をしてくれた医師、介護中及び介護後に私を救ってくれた3人の医師には感謝しています。

momoさんも家族の意思を尊重してくれる環境が整って精神的に安定された印象を受けます。
いつの日になるかわかりませんがそのときがくるまでご主人様とよき時間を過ごされますように!

mikiさん

普通に(病気になった後でも)暮らしていると、中々「死」を現実のものとして感じる事がありません。

頭では、延命はしないと決めていても、いざ、目の前に家族の「死」が迫って、医師から、これをすれば命がつながりますよ、さあどうしますか?と言われた時には、それまで思っていた事が瞬時に消え去ってしまう事も大いにあり得ると思います。

私は、夫がこの病気になってから2回、本気で夫の「死」をすぐそこに感じた事があります。ずっとブログに書いてきたから、ご記憶におありでしょうか。

そんな経緯もあり、またここ数年、夫が這いずり回ってきた地獄と、筆舌に尽くしがたい水火の苦しみを振り返り、尚且つ、穏やかになった今でも、夫が過さざるを得ない不本意な日々を思う時、「この世」で生きている事だけが尊いとされる大多数の価値観に、少し抵抗してみたくなります。

人は必ず死にます。でも、「この世」から「あの世」へお引越ししただけかな・・・と。

医学の進歩は、人の幸せに貢献している部分だけではないかもしれません。知り合いの話しですが、胃ろうを断った時、「親を殺す気か?」と医者に言われたそうです。様々な価値観があるのは当然ですが、とても悲しい話ですよね。

私は今、私の気持ちを分かってくださるホームとお医者さんに出会えて、本当に心が楽になりました。

人は、必ず死にます。だからこそ、姿形が見えて、手を触れれば暖かい「今」の姿があることに感謝して、二人の「今」を大切に生きていたいと思うのです。

死生観は、人それぞれですね。
そして、普段はAと思っていてもいざその時が訪れればBと考えが変わったりすることは間々あると思います。

でも、その時その人が下した判断が「正解」なのだと思います。
他人ではなく、自分が出した「答え」なのだと。

旦那の意志がまだある内に、何度か話し合いました。
我が家は、延命治療はしません。
「胃瘻」「気管切開」もイヤだそうです。
私は、旦那の意志に従うだけです。

そして、私の意志は二人の息子に常々話しています。

まっちさん

まっちさんは、大きな仕事を一つ終えられていますね。意志の確認が出来る内に、ご主人と話し合われていること、素晴らしいと思います。

我が家は、一般論として話した事はありましたが、病気になった後、自分の事として話し合うことがないまま、今に至りました。

だから、夫だったらこう思うだろうと想像するか、私だったらどうして欲しいかで、決めてゆくしかありません。




私だったら・・・と考えた時、愕然とします。わが身に置き換えて考えると、この病気になっても尚、生き続けたいと言う気持ちが持てるかどうか分かりません。急性期の苦しみはもちろん、オムツをするのも嫌、着替えもお風呂も、人の手によるのは嫌。きっと凄い介護拒否になると思います。もっと言えば、こうやってブログで発信されるのも嫌です。自分自身の尊厳とプライドが保てる間に、あちらへお引越ししたいと願います。


今では、夫と共に過す穏かな時間が、私の生きがいの一つにもなっていますが、夫自身は、どう思ってるのか・・・・。可能ならば、聞いて見たいです。

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