11年目の夏も、そろそろ終わりが見えてきた。
診断を受けてから11年目なので、実際に夫の脳が萎縮を始めたのは、その何年も前だろう。
随分楽に暮らせるようになった我が家ではあるが、病自体は、随分進行したと思う。
言葉は殆ど無くなってしまったが、
職員さんによると、比較的朝の方がご機嫌が良く、
「食堂へ行きましょうか?」
いくいく「後でまた来ますから、待っててくださいね。」
いいよこんな会話も出来ているらしい。
私が行くのは、いつも午後から。
部屋に入ると、じっと目を閉じて、眉間に皺を寄せている事が多い。
お八つを食べて、色々話しかけているうちに、目が開いて、顔が落ち着いてくる。
職員さんは、
「奥さんの事は分かってるんですよ。私たちには見せない顔ですもの。絶対に分かってるんですよ。」
と、言ってくれる。
どうだかな・・・・?
嫌な事は絶対にしない、美味しいものを持ってくるおばさん、と言う事は分かっていると思う。
それ以上の事は、分かってるんだか分かってないんだか。
今となっては、どっちでも良い。
夫に話しかける内容も、時と共に変わってきた。
数年前までは、過去の楽しかった事や、夫の
人生を肯定してあげる言葉など、一杯一杯話しかけた。
まだ、分かっていると思えた。
時々は、嬉しそうな表情になったりもした。
話しかける甲斐があった。
でも、今は、そんな話題は殆どしない。
過去の事、子供たちの事、お姉さんたちの事、孫の事、家の事、仕事の事、
そんな山ほどの話題を、文章で話しかけても、通じていない、と感じるので、いつの間にかあまり話さなくなっていた。
最近は、もっと簡単な言葉で話す。
お母さんだよ。
momoさんだよ。
分かる?
momoさん、好き?
うん、そうだね。
良かったね。
大丈夫。
そう。
美味しいね。
嬉しいね。
楽しいね。
○○(親しい人の固有名詞)
皆、元気。
どうやら夫は、まだこの程度の単語なら、時々は頭に入る事がある様に見える。
何かを言いたそうに、下唇がぶるぶると動くことがある。
じっと見つめる目が、何かを語っている時がある。
話したいんだろうな、きっと。
私だって、どんなに夫の声が聞きたいか。
でも、それは叶わない。
だけど、「夫が私に何かを伝えたいと思っている」と感じられるので、それだけでも嬉しい。
違うかもしれないけど。
そんな時は、
うん、そうだね。分かってるよ。お父さんの言いたい事は分かってるからね。と、言う。
ありがとう。お父さんと結婚して良かったよ。今、本当に幸せだよ。と、大盤振る舞いの台詞を付け加える事もたまにはある。
そんな夫との最近の楽しみは、車椅子を窓の外に向けて、一緒に雲を眺める事だ。
夫が好きだったBGMがいつも流れている。
時々、音楽に乗って、手や身体を小さく動かす事がある。
ほんの数秒の、小さな小さな動きだけれど、私は絶対に見逃さない。
そして、大きく感動する。
夫の視線の先は、定かではないが、とりあえず、一緒に雲を眺めていると言う事にしておく。
雲は面白い。
色んな形に見える。
そして、刻々と変化してゆく。
想像力次第で、どんな劇場より楽しい。
雲を眺めていると言っても、私の視線は、雲と夫の顔が半々だ。
夫の顔を見ると、大抵は、夫からも見返してくれる。
表情は色々だ。
眉間の皺が消えないこともあるし、とても穏かな顔の時もある。
すっかり安心しきって、心地良さそうに目を閉じることもあれば、自分の人生を達観しているぞ、と言う様な表情に思える時もある。
夫の顔も・・・・
雲みたいだ。
コメント
雲・・昨日の真っ黒な雲は恐怖でした( ゚Д゚)
ルッコラさん、まっちさん、
それにしても、昨日の、黒雲と竜巻の映像は、本当に恐怖でしたね。
生きていると、病気だけでなく、いろんな災難に出くわしますね。平穏に生きることは、何て難しいんだろうと改めて思いました。
コメントの投稿